唐松沢氷河を確認するまで kenshiroarie@gmail測定地点 水平移動距離(mm)...

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測定地点 水平移動距離(mm) 流動速度(mm a -1 氷厚(m) 平均傾斜角(°) W F P1 180 2270 28 2.3 0.65~0.75 P2 250 3150 35 1.2 0.45~0.65 P3 190 2390 28 1.8 0.45~0.65 P4 180 2270 27 1.9 0.45~0.65 P5 190 2390 28 1.8 0.45~0.65 26 唐松沢氷河を確認するまで 1 唐松沢雪渓について 2 氷河の確認方法 3 唐松沢雪渓の氷厚 4 唐松沢雪渓の流動 7 白馬村 に氷河 まだ ある? 唐松沢氷河 調査団 (新潟大・立山カルデラ博物館・白馬山案内組合) 唐松沢雪渓は,飛騨山脈・後立山連峰の唐松岳の北東斜面に存在する,長さ約1.1km面積約115000 m²の,分布高度 1750m~2280m の多年性雪渓である. 唐松沢雪渓は,飛騨山脈で現在確認されている六つの氷河よりも北部に位置している.融 雪末期(9 月末)の唐松沢雪渓では,クレバス,ベルクシュルント,ムーランなどの氷河特有の 地形がみられた.これら地形は,他の飛騨山脈の氷河においても確認されている. 氷河とは 1 )降雪からできた氷と雪の塊, 2 陸上に存在, 3 )流動する,と定義される Flint, 1971 ).多年性雪渓が氷河である ことを示すには,厚い氷体の存在と氷体の流動 を確認する必要がある. そこで,唐松沢氷河調査団は,唐松沢雪 渓で氷厚測定(地中レーダー探査)と流動測 定(GNSS測量)を実施した.地中レーダー 探査測線は,雪渓縦断方向に1列(Ⅼ 1),横 断方向に 5 (L2~L7) である .GNSS 測点は, 雪渓上流部に5地点と精度検証のための基点 P6)の計6地点である.基点での2時期の 位置情報のずれは 2 ㎝であった. 地中レーダー探査は,アンテナから電磁波を地下に照射し, その反射から地下の内部構造を調べる探査手法である. 唐松沢雪渓では,探査を縦断測線( L1 )と横断測線 L2~L7 )でおこなっており,クロスチェックをおこなうことで正 確な氷厚を求めた. その結果,唐松沢雪渓は,平均約25m(上流部付近で 最大約 35m ),長さ約 1.1 ㎞の氷体を持つことが明らかに なった.また,横断プロファイルをみると,放物線状(U 字) の形をしているため,雪渓底の地形は氷河作用によって形成さ れていることが示唆される. 5 唐松沢雪渓は氷河と確認 0 20 40 60 80 100 120 140 0 500 1000 1500 2000 御前沢氷河 三ノ窓氷河 小窓氷河 唐松沢氷河 不帰沢雪渓 白馬沢雪渓 杓子沢雪渓 カクネ里氷河 白馬大雪渓 剱沢雪渓 雪渓面積(×10 3 m 2 雪渓上端の集水域面積(×10 3 m 2 雪渓面積 雪渓上端の集水域面積 現地調査の結果,平均氷厚25m(最大氷厚約35m),長さ約1.1kmの氷体と,融 雪末期にあたる2018923日~1022日の29日間で最大傾斜方向へ約250mm氷体の流動が確認された.流動測定を実施した融雪末期は,積雪荷重が1年で最も小さ いため,流動速度も1年で最小の時期であると考えられている.このことから,唐松沢雪渓は 現存氷河である.これら調査結果をまとめた論文が 2019101日に日本雪氷学会の雑 誌「雪氷」で受理され,唐松沢雪渓は唐松沢氷河となった. 日本三大雪渓の剱沢雪渓や白馬大雪渓は,雪渓上部の集水域面積が大きいため,大 量の流水が雪渓底に流れ込み,雪渓底からの融解が生じ,氷河とならない. 白馬村の不帰沢雪渓,杓子沢雪渓,白馬沢雪渓は,他の氷河と同程度の雪渓面積 をもちかつ,集水域面積は氷河と確認されたカクネ里氷河よりも小さい.よってこの白馬村の 三つの多年性雪渓は,氷河の可能性が高いと考えられる. 氷河・雪渓 GNSS測量日数 水平移動距離(mm) 流動速度(mm a -1 氷厚(m) 表面傾斜角(°) 唐松沢(P2) 29 250 3150 35 26 小窓 31 320 3770 >30 19 三ノ窓 31 310 3650 48 27 カクネ里 24 170 2390 >30 25 池ノ谷 42 230 2000 39 24 御前沢 52 90 630 27 14 内蔵助 1844 140 30 25 8 氷河流動は,氷体内部の粘性変形と底面の滑りの 和で示される.塑性変形による流速は,塑性変形の氷 河流動の一般則であるグレンの流動則で表わすことがで きる.グレンの流動測に従うと,氷体の内部変形による 表面流速Uは以下の式で表される. UA/2(FρgsinαA(s-1 (kPa)-3):氷温や不純物含有量に起因する変数(A6.8×10-15),F:岩壁の摩擦に起因する定数, ρ(kg m -3 ):氷の 密度(ρ=900),g(m s-2):重力加速度(g=9.8), α:表面傾斜角,hm氷厚 今回測定した表面流動速度は,内部変形の推定値 を上回っていたため,唐松沢雪渓の流動では,底面す べりの寄与の可能性が示唆された. 地中レーダー探査 2018 9 19 GNSS 測量 2018 9 19 日(一回目), 10 22 日(二回目) 深さ=電磁波速度×反射 を受信するまでの時間/2 6 .唐松沢氷河の 流動メカニズム 唐松沢雪渓の流動量は,約5mのポールを雪 渓上に垂直に打ち込み( P1~P5 ),ポール先 端の位置情報を 2 時期( 9 23 日と 10 22 日) GNSS 測量で測位し, 2 時期のポールのず れから算出した. その結果,測定期間29日間で最大傾斜方向 に最大25cmP2 )の流動が測定された.さら に,測定された流動量は地中レーダー探査で測 定された氷厚と比例関係がみられた. 雪渓上( P1~P5 )で測定された流動量は基 点(P6)で測定された誤差2cmを上回る有意 な値である. ムーラン ベルクシュルント クレバス 2016 11 7 日@白馬大雪渓 縦断測線全体 有江: [email protected] 奈良間: [email protected] - u.ac.jp

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Page 1: 唐松沢氷河を確認するまで kenshiroarie@gmail測定地点 水平移動距離(mm) a-1) ) ) W 値 F 値 P1 180 2270 28 3 5 P2 250 3150 35 2 5 P3 190 2390 28 8 5 P4

測定地点 水平移動距離(mm) 流動速度(mm a-1) 氷厚(m) 平均傾斜角(°) W値 F値

P1 180 2270 28 2.3 0.65~0.75

P2 250 3150 35 1.2 0.45~0.65

P3 190 2390 28 1.8 0.45~0.65

P4 180 2270 27 1.9 0.45~0.65

P5 190 2390 28 1.8 0.45~0.65

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唐松沢氷河を確認するまで

1.唐松沢雪渓について

2.氷河の確認方法

3.唐松沢雪渓の氷厚

4.唐松沢雪渓の流動

7.白馬村に氷河はまだある?

唐松沢氷河調査団(新潟大・立山カルデラ博物館・白馬山案内組合)

唐松沢雪渓は,飛騨山脈・後立山連峰の唐松岳の北東斜面に存在する,長さ約1.1km,面積約115000m²の,分布高度1750m~2280mの多年性雪渓である.唐松沢雪渓は,飛騨山脈で現在確認されている六つの氷河よりも北部に位置している.融雪末期(9月末)の唐松沢雪渓では,クレバス,ベルクシュルント,ムーランなどの氷河特有の地形がみられた.これら地形は,他の飛騨山脈の氷河においても確認されている.

氷河とは1)降雪からできた氷と雪の塊,2)陸上に存在,3)流動する,と定義される(Flint, 1971).多年性雪渓が氷河であることを示すには,厚い氷体の存在と氷体の流動を確認する必要がある.そこで,唐松沢氷河調査団は,唐松沢雪渓で氷厚測定(地中レーダー探査)と流動測定(GNSS測量)を実施した.地中レーダー探査測線は,雪渓縦断方向に1列(Ⅼ1),横断方向に5列(L2~L7)である.GNSS測点は,雪渓上流部に5地点と精度検証のための基点(P6)の計6地点である.基点での2時期の位置情報のずれは2㎝であった.

地中レーダー探査は,アンテナから電磁波を地下に照射し,その反射から地下の内部構造を調べる探査手法である.唐松沢雪渓では,探査を縦断測線(L1)と横断測線(L2~L7)でおこなっており,クロスチェックをおこなうことで正確な氷厚を求めた.その結果,唐松沢雪渓は,平均約25m(上流部付近で最大約35m),長さ約1.1㎞の氷体を持つことが明らかになった.また,横断プロファイルをみると,放物線状(U字)の形をしているため,雪渓底の地形は氷河作用によって形成されていることが示唆される.

5.唐松沢雪渓は氷河と確認

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御前沢氷河

三ノ窓氷河

小窓氷河

唐松沢氷河

不帰沢雪渓

白馬沢雪渓

杓子沢雪渓

カクネ里氷河

白馬大雪渓

剱沢雪渓

雪渓面積(×

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3m

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雪渓上端の集水域面積(×

10

3m

2) 雪渓面積

雪渓上端の集水域面積

現地調査の結果,平均氷厚25m(最大氷厚約35m),長さ約1.1kmの氷体と,融雪末期にあたる2018年9月23日~10月22日の29日間で最大傾斜方向へ約250mmの氷体の流動が確認された.流動測定を実施した融雪末期は,積雪荷重が1年で最も小さいため,流動速度も1年で最小の時期であると考えられている.このことから,唐松沢雪渓は現存氷河である.これら調査結果をまとめた論文が2019年10月1日に日本雪氷学会の雑誌「雪氷」で受理され,唐松沢雪渓は唐松沢氷河となった.

日本三大雪渓の剱沢雪渓や白馬大雪渓は,雪渓上部の集水域面積が大きいため,大量の流水が雪渓底に流れ込み,雪渓底からの融解が生じ,氷河とならない.白馬村の不帰沢雪渓,杓子沢雪渓,白馬沢雪渓は,他の氷河と同程度の雪渓面積をもちかつ,集水域面積は氷河と確認されたカクネ里氷河よりも小さい.よってこの白馬村の三つの多年性雪渓は,氷河の可能性が高いと考えられる.

氷河・雪渓 GNSS測量日数 水平移動距離(mm) 流動速度(mm a-1) 氷厚(m) 表面傾斜角(°)

唐松沢(P2) 29 250 3150 35 26

小窓 31 320 3770 >30 19

三ノ窓 31 310 3650 48 27

カクネ里 24 170 2390 >30 25

池ノ谷 42 230 2000 39 24

御前沢 52 90 630 27 14

内蔵助 1844 140 30 25 8

氷河流動は,氷体内部の粘性変形と底面の滑りの和で示される.塑性変形による流速は,塑性変形の氷河流動の一般則であるグレンの流動則で表わすことができる.グレンの流動測に従うと,氷体の内部変形による表面流速Uは以下の式で表される.

U=A/2(Fρgsinα)³h⁴A(s-1 (kPa)-3):氷温や不純物含有量に起因する変数(A=

6.8×10-15),F:岩壁の摩擦に起因する定数, ρ(kg m-3):氷の密度(ρ=900),g(m s-2):重力加速度(g=9.8),

α:表面傾斜角,h(m):氷厚

今回測定した表面流動速度は,内部変形の推定値を上回っていたため,唐松沢雪渓の流動では,底面すべりの寄与の可能性が示唆された.

地中レーダー探査2018年9月19日

GNSS測量2018年9月19日(一回目),10月22日(二回目)

深さ=電磁波速度×反射を受信するまでの時間/2

6.唐松沢氷河の流動メカニズム

唐松沢雪渓の流動量は,約5mのポールを雪渓上に垂直に打ち込み(P1~P5),ポール先端の位置情報を2時期(9月23日と10月22日)GNSS測量で測位し,2時期のポールのずれから算出した.その結果,測定期間29日間で最大傾斜方向に最大25cm(P2)の流動が測定された.さらに,測定された流動量は地中レーダー探査で測定された氷厚と比例関係がみられた.雪渓上(P1~P5)で測定された流動量は基点(P6)で測定された誤差2cmを上回る有意な値である.

ムーラン

ベルクシュルント

クレバス

2016年11月7日@白馬大雪渓

縦断測線全体

有江:[email protected]奈良間:[email protected]