MPO-ANCA高値を呈したIgA腎症の一例...図3 IF所見 図4 電顕所見 図5 経 過 考 察...

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症  例 症 例:58 女性 主 訴:潜血尿蛋白尿 既往歴: 53 歳気管支拡張症57 歳耳管狭窄症 両側強膜炎現病歴:53 時人間ドックで尿潜血3+), 尿蛋白±指摘された遊走腎診断尿所見はその持続していた2003 3 中旬から両側下腿筋肉痛両膝関節痛出現近医整形外科貧血炎症所見指摘され 関節リウマチをわれたが症状消失再発した膠原病われ 5 8 日当院難病 医療センター初診5 20 6 3 検査 入院したがその際尿沈渣 RBC>50/HPF尿蛋 0.7g/ MPO-ANCA 541EU であった顕微 鏡的多発動脈炎MPAわれたが確診されず腎病変評価のため当科紹介され 6 10 日初診腎生検目的6 17 日入院した入院時現症:身長 155.9cm体重 47.8kg150/72mmHg脈拍 72/ 分・整体温 36.3 浮腫なしその他異常所見なし図 1 光顕所見(1) 図 2 光顕所見 (2) MPO-ANCA 高値を呈した IgA 腎症の一例 小 川 成 章 1 増 田 真一朗 2 安 藤 大 作 2 平 和 伸 仁 2 安 田   元 2 長 濱 清 隆 3 梅 村   敏 4   1 横須賀市立市民病院循環器科  2 横浜市立大学附属市民総合医療セ ンター腎臓内科  3 横浜市立大学医学部第2 病理学  4 同第2 内科学 Key WordMPO-ANCAANCA 関連腎炎IgA 腎症 - 71 - 第 42 回神奈川腎炎研究会

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症  例症 例:58歳,女性主 訴:潜血尿,蛋白尿既往歴:53歳気管支拡張症。57歳耳管狭窄症・

両側強膜炎。現病歴:53歳の時人間ドックで尿潜血(3+),

尿蛋白(±)を指摘された。遊走腎と診断され尿所見はその後も持続していた。2003年3月中旬から両側下腿筋肉痛,両膝関節痛が出現した。近医整形外科で貧血,炎症所見も指摘され関節リウマチを疑われたが症状は消失,再発を繰り返した。膠原病を疑われ5月8日当院難病医療センター初診。5月20日~ 6月3日に検査入院したが,その際尿沈渣RBC>50/HPF,尿蛋白0.7g/日,MPO-ANCA 541EUであった。顕微鏡的多発動脈炎(MPA)が疑われたが確診はされず,腎病変の評価のため当科を紹介され6

月10日初診。腎生検目的で6月17日入院した。入院時現症:身長155.9cm,体重47.8kg,血

圧150/72mmHg,脈拍72/分・整,体温36.3℃,浮腫なし,その他異常所見なし。

図1 光顕所見(1)

図2 光顕所見 (2)

MPO-ANCA高値を呈したIgA腎症の一例

小 川 成 章1  増 田 真一朗2  安 藤 大 作2

平 和 伸 仁2  安 田   元2  長 濱 清 隆3

梅 村   敏4                    

1横須賀市立市民病院循環器科 2横浜市立大学附属市民総合医療センター腎臓内科 3横浜市立大学医学部第2病理学 4同第2内科学

Key Word:MPO-ANCA,ANCA関連腎炎,IgA腎症

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血 算WBC 6250 /μ l

RBC 377万 /μ l

Hb 9.6 g/dl

Ht 30.9 %

PLT 34.7万 /μ l

凝固系PT 84 %

PT(INR) 1.12

APTT 41.1 秒Fib 587 mg/dl

生化学TP 7.1 g/dl

Alb 3.5 g/dl

BUN 23 mg/dl

Cr 0.89 mg/dl

UA 5.6 mg/dl

T-Chol 140 mg/dl

TG 82 mg/dl

Na 142 mEq/l

K 4.1 mEq/l

Cl 106 mEq/l

Ca 8.9 mg/dl

P 3.1 mg/dl

AST 13 U/l

ALT 9 U/l

LDH 128 U/l

ALP 174 U/l

γ -GTP 17 U/l

T-Bil 0.5 mg/dl

CK 50 U/l

Glu 157 mg/dl

CRP 4.0 mg/dl

表1.入院時検査所見

免疫学的検査IgG 1970 mg/dl

IgA 365 mg/dl

IgM 86 mg/dl

C3 119 mg/dl

C4 31 mg/dl

CH50 45.8 U/ml

抗核抗体 陰性MPO-ANCA 541 EU

PR3-ANCA <10 EU

尿検査比重 1.014

pH 5.5

糖 -ケトン体 -蛋白 2+

潜血 3+

ビリルビン -ウロビリノーゲン ±沈渣RBC >50 /HPF

沈渣WBC 11-20 /HPF

蛋白定量 722 mg/day

Ccr 69.3 ml/min

表2.入院時検査所見

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図3 IF所見

図4 電顕所見

図5 経 過

考  察●本症例は IgA腎症ではあるが…

MPO-ANCAの高値はどう理解したらよいのか?

IgA腎症の10-20%(半月体形成性ならそれ以上の頻度)でP-ANCAが見られるが,これはPR3やMPO以外の好中球蛋白であるelastaseやlactoferrin等に対するものであるか,疑陽性である可能性が高い。

Mark Haas et al: ANCA-associated crescentic

glomerulonephritis with mesangial IgA deposits.

Am J Kidney Dis 36:709-718, 2000

●本症例をANCA関連腎炎と考えることに難はあるが…ANCA関 連 腎 炎 とmesangial IgA deposits,

ANCA関連腎炎と IgA腎症のoverlapについては複数の報告がある。ANCA関連腎炎で IF

に Igが見られた場合,IgAである頻が最多。Neumann I, et al: Glomerular immune deposits are

associated with increased proteinuria in patients

with ANCA-associated crescentic nephritis. Nephrol

Dial Transplant 18: 524-531,2003

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討  論 東海林 過去の当研究会で問題になった部分も検証していただきまして,今回はどうなのだろうかという点は非常に興味のあるところだと思います。会場から,今の症例に関しまして,臨床的な問題を中心にご質問がございましたら,お願いします。安田 確認の1つ目は,多発神経炎を疑わせるようなしびれとか,皮疹とか,その他の症状は全くなかったのですね。小川 当院の難病センターに入院する前に実はしびれの自覚症状があったのですが,今回の入院,それから検査入院のときにも,その症状はありませんでした。難病センターで神経伝導速度の検査をしていますが,それでも異常が見つかっていません。ということで,多発神経炎,polyneuritisの所見はないというふうに難病センターの先生方は結論しております。安田 それと,ステロイドによる治療を行ってから,下腿の筋肉痛や膝関節痛は,どのような経過をとりましたか。小川 下腿の筋肉痛,膝関節痛も,3月の時点ではあったのですが,5月以降の経過では訴えはありません。安田 薬で改善したと考えてよろしいですか。小川 というか,私たちが見たときから既にその症状がないので……。ひょっとしたら,飲んでいなければ起こっていたものが抑えられているかもしれませんが。安田 ありがとうございました。木村 聖マリアンナ医科大学の木村です。 確認したいのですが,53歳のときに尿潜血と尿蛋白±の指摘ですが,その前は健診を受けているのでしょうか。小川 その前に関してははっきりとしたデータはわかりませんでした。ちゃんとした健診を受けたのは , このときが最初だったと思います。木村 このときが最初で,今まで尿の検査を受けたことはないんですかね。そのへんの病歴は

どうでしょうか。要するに,血管炎の発症とかそういうことを考えると,IgA腎症か血管炎かということを考えるのに,病歴として,そのへんが大事ではないかと思うのですが。小川 妊娠のときに異常を言われたということはなかったと思うのですが,その後はちゃんとした健診を受けていらっしゃらなかったのではないかと思います。木村 どうもありがとうございます。乳原 虎の門病院の乳原です。 ここにCRPが4.0とありますが,通常,IgA

腎症の場合は,CRPとか,そういう炎症反応が出ないのが普通なので,このCRPが1回だけなのか,経過の中でも徐々に上がってきたのかどうか。特にANCA関連腎症が血管炎とした場合に,CRPが一つの指標になるだろうと思います。小川 ちょっと聞こえにくかったのですが,CRPの経過ということでよろしいでしょうか。乳原 これ1回だけなのか,徐々に上がってきているのかどうか。小川 これは私の科に入院したときの初診時の値ですが,難病センターに入院したときからも,軽度の上昇は見られておりました。腎生検もやりましたので,採血もしましたが,入院中のCRPは,大体この値前後だったと思います。乳原 これが1つ,通常の IgA腎症とは違うところかなという気がします。小林 湘南鎌倉の小林です。 聞き逃したかもしれませんが,強膜炎の経過です。強膜炎,scleritisが IgA腎症に見られるのは昔から知られていて,そのこと自体が,実はIgA腎症の一つのpathogenesisと関係するのかという点で疑論されています。そして,それが血管炎というものの範疇として関係するか。そのへんは私はよくわかりませんが,scleritisとIgA腎症は,幾つか報告がある。この例も強膜炎があったわけですが,ステロイドを投与されて,蛋白尿が減り,そしてMPO-ANCAも減ってきた。この強膜炎の経過がどうであったか,

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教えていただきたいと思います。小川 1日20mg飲んでいるときは強膜炎の自覚症状はかなりよかったということですが,減らしていった後に,まだ気になるようなことがあって,結局,眼科のほうではステロイド入りの点眼薬を追加で出されたとうかがっています。小林 ということは,あまりよくなっていなかった。よくなったんですか。小川 20mgのときは,本人はよかったとおっしゃっているのですが。小林 どうもありがとうございました。星野 虎の門病院の星野と申します。 この症例は単純な IgA腎症だけではないような印象を受けます。CRPと IgGの上昇があるということで,蛋白分画のγ分画のような膠原病を疑うchronicな変化や,腎臓のサイズとかそういったデータがもしありましたら,教えていただけますでしょうか。小川 生化学の蛋白の分画ということですか。星野 はい。採血上の蛋白分画。小川 蛋白分画,それから白血球の分画等も,特に異常な分画はありませんでした。星野 正常ですか。小川 ええ。星野 腎臓のサイズとか,そういった画像上の検査は……。小川 サイズも,萎縮,腫大,特に見られません。星野 正常ですか。小川 ええ。星野 ありがとうございます。東海林 ほかに,会場から幾つかご質問はございませんでしょうか。今,幾つか出ましたけれども……。 私からお聞きしたいのですが,膠原病を疑ったということでしたけれども , 膠原病を疑う症状としては,ほかに何かありましたでしょうか。ただ腎臓がどうも悪いというだけで,あるいは関節痛という臨床症状で,疑われたのでしょうか。

小川 最初にお話ししたように,リウマチの可能性があるのではないかということが多分第一だったと思いますが,それも否定されて,その他,特に SLE等を疑う所見もなかった。東海林 ちょっと見逃してしまったのですが,RAはプラスだったのでしょうか,マイナ スだったのでしょうか。小川 この画面には示していませんが,リウマチ因子は陰性です。東海林 以上ですが,何か会場からご質問ございますでしょうか。前田 前田記念腎研究所の前田です。直接,病気に関係するかどうかわかりませんが,58歳でヘモグロビンが9か10ぐらいの間だと少し貧血があるのですが,この貧血関連は,ステロイドでよくなったのですか。小川 貧血は,最近のデータは正常化しているのですが,ステロイドでよくなったと言っていいのかどうか,ちょっとわかりません。先ほども言ったように軽度の鉄欠乏性貧血だったので,たまたま落ちついたのかもしれません。確かに,ステロイドを飲んでの値が手元にあるのですが,今は貧血は落ちついています。前田 一応,鉄があればある程度よくなりますから,それでもいいと思いますが。先ほど膠原病云々で,悪性のリウマチの場合は貧血が来ますね。それはステロイドによって改善したかどうかということも参考になるかどうかという意味で,おうかがいしました。ありがとうございました。東海林 いかがでしょうか。臨床的な問題を中心とした質問がありましたら,お願いいたします。 以前にも,類似というか,似たようなかたちの症例がこの研究会で討議されていますし,我々も実は幾つか経験して,非常に興味のあるところですが,どのようにそれを区分けしたらいいかということについて,先ほど前回の山口先生のコメントを引用していただいたわけですが。

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小川 貧血に関連して,前田先生に言われるまで私はそういう目で見ていなかったのですが,確かに,見ると,ステロイドを投与した最初の1カ月ぐらいで,急に貧血がよくなっています。その後は,大体,Hbが13から14台あります。そういう目で見ていなかったのですが,最初の1~ 2カ月ぐらいで,割とよく改善しているように思います。東海林 ということですが,病理のほうのコメントをいただきたいと思います。よろしくお願いします。重松 山口先生の結論がどうなるか,非常に興味のあるところですが,私の意見は,結論から先に言ってしまうと,どうもやはり血管炎が一緒に合併していると見てはどうかという意見です。【スライド01】 糸球体の数が,全部しつこく数えると12個ぐらいありまして,そのうち7個が,このようないわゆるcrescenticな変化を示しています。ここはよく見ると,necrotizing le-

sionのところが,見られると思います。【スライド02】このへんは,crescenticなchange

があって,fibrinoid materialが出ています。こういうところをPAM染色などで見てまいります。【スライド03】今の糸球体が,これです。こちらは古い癒着の変化がありますが,ここでは基底膜が断裂して,滲出物が尿腔に漏れ出ている。かなり燃えている病変が見られます。この大きな血管には,血管炎はありません。【スライド04】今のところを大きくしてみますと,形が少しひしゃげていますが,やはりこの形態は,ここで係蹄壁が明らかに破れていて,necrotizing and,まだcrescentははっきりしていませんが,necrotizing and crescentic glomerulitis

が起こっているということです。 こういう変化が,もちろん IgA腎症でもac-

tivityの高いものでは出てくるわけですが,この時点では,IgA腎症でもこういうことが起こり得るから,糸球体炎が血管炎だとするのも無

理からぬことかもしれません。【スライド05】少ししつこいですが,本当に破けているというところです。こういうnecrotiz-

ing lesionがあるというのを,頭に入れておいてください。【スライド06】これは,Masson染色でもちゃんと所見がありますというところです。Masson

で見ると,こういうフレッシュな滲出物(フィブリン)がよく見えますので,こういう点ではMasson染色は非常に役に立ちます。【スライド07】私が少し気になったのは,大きな血管は問題ないのですが,こういう小さな血管,静脈,あるいは細動脈のレベルに,少し変化がある。necrotizing angitisは起こっていないのですが,内皮の肥厚があったり,内腔の狭窄が起こっていたり,壁の中にリンパ球様のようなものが入っていったりという,小さなレベルの血管に,変化を見いだすことができると思います。【スライド08】ここでは,tubulusがありますが,ここに血管が2つあります。恐らく同じ血管でしょうが,この局面ではすごく内皮が肥厚して,内腔が狭小化しています。こちらは,内腔は開いていますが,内皮細胞の増生と血中から単核の細胞が内皮細胞と接着して,2つともendoarteritisというような変化即ち,内膜炎が起こっていると読むことができるのではないかと思います。【スライド09】これは尿細管です。尿細管上皮細胞の脱落がありますが,見てほしいのは,この血管と,この血管です。この血管は,peritu-

bular capillaryと言っていいでしょうが,ここでは明らかに,内皮細胞のほかに,血中から由来した単核の細胞が,いわゆる接着をして,peritubular capillaritisを起こしている。ここにはかなり強い変化があると思います。【スライド10】ここは,venuleのレベルです。ここでも,恐らくリンパ球と思われるような細胞が内皮細胞の下にもぐり込んでいます。というわけで,necrotizing angitisないしMPAは,非

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常に幅が広い血管の炎症を示しますので,ven-

ule,あるいはcapillaryのレベルでは,endovas-

culitisでしか出てこないということもありうるわけです。この症例では,確かに電顕でもきれいなparamesangial depositがあったりしていますから,IgA腎症があるということは確かだけれども,ANCAが上がって,それなりの変化が血管系に起こっていると見たいということで,私は,血管炎もある,それから IgA nephropathy

も起こっている。そういう二頭立てで解釈したいと思いました。山口 前田先生には怒られてしまうかもしれませんが,今回はパワーポイントでやらせていただきます。【スライド】IgA腎症のcrescentの場合に,大まかに3つの可能性を考えておくべきと思います。1つは,IgA腎症の急性増悪。あるいは,今,重松先生が言われたように, IgA腎症のあるところに,ANCA関連のものが絡んでくる場合。もう 1つは,移植を見ていますと,サイレントの IgA沈着症があり,そこにANCA関連の腎炎が合併してくる。その診断根拠を,この症例からその3つを鑑別していくか,恐らく問題点になるのだろうと思います。【スライド】糸球体数の数え方を,切片をすべて見て,記載ですと,9個中,何個で言われていますが,私が数えますと,23個中,9個硝子化して,8個にcrescentがある。場所によって,硬化した糸球体がまとまって出て,なるべく標本をていねいに見て,どのぐらいが involveされているか重要になると思います。【スライド】これは皮髄境界あたりにある静脈の壁で静脈の壁内に,明らかに浸潤細胞が,内腔側に増殖性の病変を作っています。【スライド】静脈系に細胞浸潤が周りを取り囲んで,かすかな静脈炎を示唆する。MPAだとしたら,動脈系ばかりではなくて,静脈系にも炎症を起こす。【スライド】潰れた糸球体が,虚血性で,ボウマン嚢の基底膜が保存され,ボウマン嚢の基底

膜が明らかではない。全周性のcrescentで潰れてきて,tuftの部分も,一部,まだ血管腔が残っているような印象があるので,可能性として,fullmoonのcrescentで潰れてきていると思います。 fibro-cellularが,segmentalで,小さいものがあちこちにある。【スライド】こういう糸球体を見ますと,ボウマン嚢が断裂して,間質につながってしまっています。fibro-cellularなcrescenticな病変を示唆する。尿細管極に近いところで,ボウマン嚢がはっきりしなく,癒着を起こして血管腔ができてくるcrescentの修復を思わせる病変もあります。【スライド】残った糸球体に著変ないと思います。【スライド】paramesangial depositは,PAMではっきりしたものはありません。【スライド】これは,比較的earlyな病変のところです。【スライド】IgAの沈着の程度で,移植腎で,持ち込みの IgAですと,1+ぐらいまでは通常にあります。 IgA腎症の IFで2+以上をアクティブな IgA腎症と言ったほうが良い。この症例は1+ぐらいです。C3も1+ぐらいについている。1+ですと,サイレントな IgA沈着症でもおかしくないと考えられます。【スライド】ただし,電顕で,確かなparame-

sangialなdepositがあって,一部,上皮下にまでdepositが及んでいる像があります。また,GBMの基底膜の薄いところもあります。【スライド】paramesagiumのnodularに近いde-

positがあって,基底膜内にも及んでくる。電子顕微鏡的に IgA腎症を強く示唆する所見なので,光学顕微鏡的には IgA腎症がなくてもいいけれども,電子顕微鏡的に,IgA腎症を示唆する。持ち込みの IgA沈着症で,nodularな沈着があっても持ち込みがありますので,ANCA関連の smolderingなものが前景に出ていて,今後また血尿が出るようでしたら,IgAもオーパー

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ラップしていると思います。東海林 ありがとうございました。 前回の先生のコメントとちょっと違うような部分があるのかなというふうにも聞かせていただきましたが,演者の小川先生,何かありますでしょうか。小川 先ほども言いましたが,ステロイドを始めるときに,初期量20mgという量から始めまして,どうしてもANCAの値が頭にちらついていて,本当にこの量でいいだろうか。まずやって試してみようということでやってみたら,意外によく反応して,ANCA関連腎炎や血管炎を考えるのは臨床的におかしかったのかなと思った面もあるのですが……。鎌田 北里大学の鎌田です。 治療のステロイドの量についてですが,私たちは,ステロイドの量をかつては40mg以上使っていました。それをどんどん減らして現在は,血清クレアチニンが2mg/dl前後までだったら,ステロイドパルス500mg/日,3日間に続いて経口プレドニン0.4mg/kgを使用していますが,全例でANCAは下がります。先生の治療量は決して多くはなくて,適切な治療をされたのだと私は思います。2004年の腎臓学会の抄録を見ていただければ書いてありますので,ご覧ください。小川  IgAということを前提に始めたのですが。でも,やはりANCAが500というのがどうしても頭にちらちらしていて……。鎌田 CRPが4000あってフィブリノーゲンが高くて,炎症性貧血がある状況を見ると,やはりANCA疾患が立ち上がるところであって,先生はその直前に発見されて,治療してしまったのではないかと感じます。治療量も適切で,良い経過を取ったのではないかと感じました。小林 湘南鎌倉の小林です。 最初,小川先生の出されたスライドを見ているときは,そんなに強い炎症像を感じなかったのですが,全体の組織の写真をお2人の病理の先生から見させていただきまして,かなりの炎

症があるな,cellularの small crescentもあちこちにありますし,また,capillaryのdestruction

があって,necrotizingということで。 今の鎌田先生の治療との話ですが,もしそれを私たちが診ていたとしたら,治療は,これまでは,しっかりとした治療をしなければならない。恐らくANCAが主体である血管炎であろうと考えて,ステロイド,ミニパルスをかけて,20ミリ,あるいは30ミリ,コンベンショナルで40ぐらいで行くかもしれない。ただ,蛋白尿が少ないので……というふうに迷う。けれども,あの組織像を頭の中で考えると,やっぱりあれを抑えなければならないと思うので,そういう治療方法に行くだろうと思うわけです。 ところが,結果として先生の治療方法を見ると,20ミリの投与量で,今のお話ですが,ANCAの titerもしっかり下がるし,蛋白尿も下がるということで,今の鎌田先生の,私たちはこういう治療方法でも大丈夫だということが徐々にわかってきたという話がうなずけるというか。つまり私のほうも,今後はそれだけではなくて,それほど投与しなくても,このぐらいでいいのかなと思いました。 ただ,そう思った上で,さらに質問というか,考えですが,蛋白尿とMPO-ANCAの titer

は下がってはいる。しかし,ひょっとしたら……先ほど scleritisを聞いたのはそのこともあるのですが,ほかの状況,ましてや組織所見が,まだ small cellular crescentが残っている状況で,ひょっとしたら今後,flare upするかもしれないということを,さらにもう一歩踏み込んだらどうかということについてのコメントと,最後は質問ですが,いかがですか。あるいは鎌田先生の意見でも結構ですが。鎌田 私は外来でこの症例と同じような方を診ているのですが,最初はFGSという間違った診断が与えられました。良く見ますと focal

segmental regionが necrotizingで,間違いなくANCA関連腎炎の病変だったのです。その人は,血清クレアチニンが,正常だったのですが,今

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は1.6mg/dlまで上昇しています。ステロイドを使い過ぎればカリニ肺炎やCMVに感染しますし,十分使用しなければANCA titerが上がって腎機能低下が進行するということで,非常に悩むところです。 一方,治療によりANCAが消えてしまう人もいますが,慢性型の人はANCAが消失せずいつまでも治療しているという経過を取っています。ですから,少量のステロイドはしばらく続けていただいて,注意深く見守っていただくことが重要なのではないかと思います。小林 どうもありがとうございました。なかなか難しいということも,よくわかりました。もう1つ鎌田先生にお尋ねしたいのは,経験で,このステロイドの量で,この組織はどうなっているか。あのぐらいで半年たっていると,small cellular crescentは消えて,necrotizingもなくなるというのは,先生は経験されたことがありますか。組織像の改善まで含めて,先生は,言えるかどうかというのが質問です。鎌田 すみません。後の腎生検はあまりやっていないので,そこは断定できません。小林 では,是非皆様,また今後,教えていただきたいと思います。ありがとうございます。東海林 いろいろ意見が出ましたが,さらに追加のご意見,あるいは質問がございますでしょうか。前田 前田記念腎研究所の前田です。 これは本質ではないのですが,病理の重松先生の,一番最後のスライドの真ん中より少し上のところに,1つ細胞浸潤がボコッと目についたのですが,あれは何でしょうか。重松先生のスライドが出ますか? これは病気の本質とは関係ないと思うのですが。一番最後のスライドです。【スライド10】そのちょうど真ん中のところに,右のほうの静脈……。その下のところ。もう少し左です。それです。それは,どういう意味を持っているのですか。重松 これは,尿細管の中に脱落した細胞がみ

えているのではないでしょうか。前田 たまにみられたのですが,そういうのがあると,どう解釈したらいいのかわからないので,あまり意味をつけないで通り過ごしてしまうのですが。ありがとうございました。山口 前田先生,これは糸球体が潰れていまして,ここに糸球体のタフトの一部が出ていますので,crescentが古くなってきて,潰れてきたのものかもしれない。前田 糸球体の中に管腔形成みたいなものを考えて……。山口 そうですね。ボウマン嚢の腔です。前田 ありがとうございます。 また,山口先生の,これもまた本質ではないのですが,2枚目ぐらいのスライドかな。cyst

があったと思うのですが。【スライド】これは,右のほうに,潰れた糸球体の隣にあるのは,どう考えたらよいですか。山口 これは尿細管で,内腔が少し拡張しているdistal系の尿細管で。前田 と考えていいわけですね。山口 はい。前田 それで,今度は 2つぐらい飛んで,次のスライド。【スライド】この右のは……。山口 これもそうです。前田 同じように拡大した尿細管と考えていいわけですね。山口 ええ。ほんのわずか拡張。同じつながっているところかもしれないです。前田 と思っていいですね。山口 はい。前田 どうもありがとうございます。東海林 今回の症例は,どうもANCA関連腎炎という可能性がかなり強くて,治療も非常に興味深い意見が出ました。どうもありがとうございました。

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