PW Voice 2 「手術室の医療安全を考える」(手術医学...

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3M Patient Warming Mar 2014 Vol. 2 手術室の安全管理の 2 つの柱 損害が大きなリスクが予測される場合、 多くの産業ではリスクを「回避」するのが定 石である。しかし、手術医療においては、 手術の「回避」は治療の選択肢を大幅に狭め てしまうため、多くの場合リスクを抱えな がら手術に臨むことになる。そのため、現 実的な手術室の安全管理は、①危険を未然 に防ぐ努力と、②異常事態発生時に適切に 対処することが柱となる。さらに、前者は “起きてはならないことを避 努力”と “悪い結果となることを減 努力”の 2 つに分けられる。 “起きてはならないこと”が起きた手術 の代表として、1999 年の横浜市立大学医 学部附属病院の患者取り違え事故があげら れる。この事故は、病棟から手術室への受 け渡し時に患者が入れ替わり、心臓の手術 患者と肺の手術患者を取り違えて手術を行 ったものである。事故の要因を分析すると、 ①病棟の人員配置と患者搬送体制が不十分 であった、②患者確認方法が個人任せにな っていた、③患者とカルテとが別々に運ば れた、④麻酔後に患者を特定する方法がな かった、⑤問題発生時の解決ルートが定ま っていなかったなど、原因の多くは、 “病院 のシステム”の欠陥であったことがわかる。 一方、 “悪い結果となった手術”として、 2002 年の東京慈恵会医科大学青戸病院の 腹腔鏡下手術事故を例にあげる。この事故 では経験の少ない医師により手術が行わ れ、出血が原因となり患者が死亡しており、 術者の技量(テクニカルスキル)不足が問題 視された。しかし、事故の経過を詳しくみ ると、医師間や部署間のコミュニケーショ ン、手術チームの状況認識、意思決定、リ ーダーシップ、チームワークといったいわ ゆる“ノンテクニカルスキル”が事態を悪 化させたことがわかる。 この 2 つの事例を比較すると、 “起きては 手術室の 医療安全を考える 第 35 回日本手術医学会総会 ランチョンセミナー6 パシフィコ横浜 2013 年 11 月 9 日(土) 12:10~13:10 〈演者〉 菊地 龍明先生 横浜市立大学附属病院 医療安全・医療管理学 1990 年 横 浜 市 立 大 学 医 学 部 卒。 1992 年同大学麻酔科入局。2004 年同大学附属病院手術部。2011 年 国立病院機構横浜医療センター麻酔 科。2013 年より現職。 〈司会〉 山田 芳嗣先生 東京大学大学院医学研究科 生体管理医学講座麻酔学 図 1 国内での手術遺残統計 異物遺残が発生した手術の種類 異物遺残の内容 異物遺残の発見場面 開頭手術 9% 開胸手術 10% 開心手術 10% 綿球等 8% 鉗子類 5% メス 1% チューブ類 3% 鏡視下 手術 6% 不明 2% 開腹手術 34% ガーゼ 55% 手術中 12% 退院まで 50% その他 18% その他 18% 手術室 退室まで 8% 退院後 28% 不明 2% 日本医療機能評価機構医療事故防止事業部:医療事故情報収集等事業第 15 回報告書より 四肢手術 11% 縫合針 10%

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3M Patient Warming

Mar 2014

Vol.2

2014年3月発行販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング ブランケット認証番号:223ADBZX00108000販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング モデル 775認証番号:224ADBZX00145000

手術室の安全管理の2つの柱

損害が大きなリスクが予測される場合、多くの産業ではリスクを「回避」するのが定石である。しかし、手術医療においては、手術の「回避」は治療の選択肢を大幅に狭めてしまうため、多くの場合リスクを抱えながら手術に臨むことになる。そのため、現実的な手術室の安全管理は、①危険を未然に防ぐ努力と、②異常事態発生時に適切に対処することが柱となる。さらに、前者は

“起きてはならないことを避・

け・

る・

努力”と“悪い結果となることを減

ら・

す・

努力”の 2

つに分けられる。“起きてはならないこと”が起きた手術

の代表として、1999 年の横浜市立大学医学部附属病院の患者取り違え事故があげられる。この事故は、病棟から手術室への受け渡し時に患者が入れ替わり、心臓の手術患者と肺の手術患者を取り違えて手術を行ったものである。事故の要因を分析すると、①病棟の人員配置と患者搬送体制が不十分であった、②患者確認方法が個人任せになっていた、③患者とカルテとが別々に運ばれた、④麻酔後に患者を特定する方法がなかった、⑤問題発生時の解決ルートが定まっていなかったなど、原因の多くは、“病院

のシステム”の欠陥であったことがわかる。一方、“悪い結果となった手術”として、

2002 年の東京慈恵会医科大学青戸病院の腹腔鏡下手術事故を例にあげる。この事故では経験の少ない医師により手術が行われ、出血が原因となり患者が死亡しており、術者の技量(テクニカルスキル)不足が問題視された。しかし、事故の経過を詳しくみると、医師間や部署間のコミュニケーション、手術チームの状況認識、意思決定、リーダーシップ、チームワークといったいわゆる“ノンテクニカルスキル”が事態を悪化させたことがわかる。

この2つの事例を比較すると、“起きては

手術室の医療安全を考える

3MTM

ベアーハガーTM

アンダーボディブランケット

第35回日本手術医学会総会 ランチョンセミナー6パシフィコ横浜2013年11月9日(土) 12:10~13:10

〈演者〉

菊地 龍明先生横浜市立大学附属病院 医療安全・医療管理学

1990 年 横 浜 市 立 大 学 医 学 部 卒。1992 年同大学麻酔科入局。2004年同大学附属病院手術部。2011 年国立病院機構横浜医療センター麻酔科。2013 年より現職。

〈司会〉

山田 芳嗣先生東京大学大学院医学研究科生体管理医学講座麻酔学

図1 国内での手術遺残統計

異物遺残が発生した手術の種類 異物遺残の内容 異物遺残の発見場面

開頭手術

9%開胸手術

10%

開心手術

10%

綿球等

8%

鉗子類

5%

メス

1%

チューブ類

3%

鏡視下手術

6%

不明

2%

開腹手術

34%

ガーゼ

55%

手術中

12%

退院まで

50%

その他

18%その他

18%

手術室退室まで

8%

退院後

28%

不明

2%

日本医療機能評価機構医療事故防止事業部:医療事故情報収集等事業第15回報告書より

る。2013年に改訂された日本手術医学会の「手術医療の実践ガイドライン」の「患者急変時の連携」にも、指揮系統や応援体制に関して記載されている(表5)。緊急時の対応は実務経験を積むことが難しいため、訓練やシミュレーションが有効となる。横浜市立大学附属病院では多部署合同で、大量出血、アナフィラキシー、換気困難症例などの緊急時対応訓練を行ってきた。シミュレーターを使用し、日常的でない手技の実施や機器の操作を行うことで、スタッフ個々のスキルアップになるだけでなく、手術チーム・手術部としての動き方の疑似体験学習も可能となる。また、このような訓練時に、ブリーフィングやデブリーフィングを多職種で行うことは、チームトレーニングとして効果的である。

手術安全とテクノロジー

手術医学の進歩は医療機器の進歩と切り離すことができない。日本で初めて腹腔鏡下胆嚢摘出術が行われたのは 1990 年であるが、その後数年でさまざまな内視鏡手術が行われるようになった。これには、カメラ、自動吻合器、エネルギーデバイスなどの医療機器の進歩が大きく貢献している。たとえば、自動吻合器による回腸端々吻合は手縫い吻合と比較して縫合不全リスクが少ないという報告 4 )や、双極型電気血管閉鎖装置(LigaSure)は手術時間を短縮し出血量も減少するという報告 5 )、新しいハンドピースの登場により肝切除の術式が変化し出血量や輸血症例が減少したというエビデンス 6 )もある。

こういった新しい技術を患者に提供するときには事前に技術トレーニングを行う必要があるため、多くの教育機関・医療施設で

は内視鏡手術のシミュレータートレーニングを取り入れ、日本内視鏡外科学会では技術認定制度をおくことにより術者の技術レベルを担保している。

手術室での外科テクノロジー関連のエラー・有害事象についての28 研究の系統的レビュー 7 )では、「 1つの手術あたりのエラーは15.5回(観察者による研究)で、そのうち機器・機械に関するエラーは 23.5%であった」としている。つまり、1つの手術で機器・機械に関するエラーが 3~ 4 回起こっているということである。その原因は、機器手配の問題が37%、配置・設定の問題が43%、作動の異常が33%であるが、機器手配や配置・設定の問題はヒューマンエラーによるものなので回避することが可能である。

エラーの回避として、術前チェックリスト、ブリーフィング、スタッフトレーニングプログラムの使用があげられるが、それらの導入により機器・機械関連エラーでは平均48.6%減少するといわれている。さらに、チェックリストの項目に機器チェックを加えると平均60.7%エラーが減少するといわれている。

新しい安全の概念;Safety-ⅠとSafety-Ⅱ

従来、安全は「偶発的障害がないこと」(AHRQ* 7 )、「医療に関連した不必要な害のリスクを許容可能な最小限の水準まで減らす行為」(WHO)と定義され、「悪い結果を避けることを目指す」ことを目標とし、「事故やインシデントなどの原因を探り、原因を取り除くことで再発を防止する」ことが安全管理であった。このような安全の考え方を近年「Safety-Ⅰ」と呼ぶ。それに対して、新しい「Safety-Ⅱ」という概念では、「安全とは条件が変わっても成功を実現する能

力」と定義される。たとえば手術を例にとると、同じ術式を

行っても、症例によって経過はさまざまで、順調な症例とそうでもない症例が混在するであろうが、ごくまれに許容範囲から外れた悪い結果を生じることがあるかもしれない。Safety-Ⅰでは、この許容範囲を外れた原因を見出して排除するという対策をとるが、この場合、成功の原因と失敗の原因が異なることが前提となる。しかし悪い結果となった手術に、明らかな失敗の原因が存在するとは限らず、普段と同じように手術を行ったのに結果が悪かったということもあるはずである。この場合、ほとんどの症例で許容範囲内の結果を出しているのは、変化するさまざまな状況(患者個々の重症度や合併症、手術スタッフの経験値、環境など)に手術チームが対応しているためであるという事実に着目し、「状況が変化してもそれに対応して結果が落ち込まないようにする」ためにはどうすればよいかという着眼点が必要になる。それがSafety-Ⅱの考え方である。

医療はさまざまな状況変化に対応して期待される成果を出さなければならない業務である。Safety-Ⅱでは、安全管理の目的を「状況変化への対応能力を高めること(事前の備え、最中の対処、受けた影響からの回復)」ととらえる。Safety-Ⅱのキーワードとなるのがレジリエンス(復元力、回復力)であり、これには①何かが起きたときに反応できる、②状況モニターし何が重要かを理解できる、③予測ができる、④学習ができる(失敗と同様、成功からも学ぶ)という 4つの能力を含む。この 4つの能力を医療者個人がすべて兼ね備えることは困難であり、チーム医療においてはチームメンバーが補完的に役割を果たすべきである。そのためには、個人のトレーニングだけでなく、今日話題としてきた手術安全チェックリストの活用やコミュニケーションの強化や緊急時対応訓練などを含め、チームトレーニングやチームのモニタリングを行うことによるチーム力の強化が重要となると考えられる。

四肢手術

11%縫合針

10%

表5 「手術医療の実践ガイドライン」の「患者急変時の連携」

1.外回り看護師または麻酔科医は躊躇なく緊急コールをかけ、人手を集める。2.統括指揮者を明確にする。統括指揮者は状況を把握し、手術継続の可否や対応につい

て判断を行い、各スタッフの役割について指示を出す。3.大量出血時には、輸血部門、検査部門に状況を伝え、危機意識を共有する。必要に応

じて血管外科、臨床工学技士への応援を要請する。

ドレープとの間に温かい空気の対流が生まれ患者を包むように加温します。

・術野へのアクセスが容易・広範囲な体表面の加温が可能・準備が簡単

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*7 AHRQ:Agency for Healthcare Research and Quality,医療品質研究調査機構

4) Choy PY, et al : Stapled versus handsewn methods for ileocolic anastomoses. Cochrane Database Syst Rev, 7(9), 2011.5) Takiguchi N, et al : Multicenter randomized comparison of LigaSure versus conventional surgery for gastrointestinal carcinoma. Surg Today, 40(11) : 1050-1054, 2010.6) Gotohda N, et al : Surgical outcome of liver transection by the crush-clamping technique combined with Harmonic FOCUS™. World J Surg, 36(9) : 2156-2160, 2012.7) Weerakkody RA, et al : Surgical technology and operating-room safety failures ; a systematic review of quantitative studies. BMJ Qual Saf, 22(9) : 710-718, 2013.

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ゼカウント間違いの発生率は 10~ 15%に上ると報告されている。

JCでは、改善への推奨と戦略を提案している(表1)。ここでは、「効果的なプロセスと手順」として標準化されたカウント方法を多職種からなるチームで作成することが重要であるとし、カウント手技の具体的方法や創部開閉時の推奨事項も述べられている。また、「効果的なコミュニケーション」として、遺残可能性を含め患者安全にかかわる懸念を表明できる機会を設けること、外科医はカウント結果を声に出して確認することを推奨している。このほかにも、カウント結果の適切な記録と安全のためのテクノロジーの補完的利用も推奨されており、これらを参考に、各施設での基準を作成することが望まれる。

誤認手術とユニバーサルプロトコール

日本医療機能評価機構には、2004 年 10月から2010年11月までに手術部位の左右取り違えが30件報告された。2007年に「手術部位の左右取り違え」という医療安全情報

が発行され、「マーキングを適切に行うこと」が推奨されたが、その後も左右取り違えの報告が続いたため2011年に第2報の医療安全情報が発行されている。

米国JCには 2004 年から 2012 年の間に6994件の警鐘事象が報告されたが、誤認手術の報告数は 928 件と最も多くを占めた。実際には米国では年間1500~2500件の手術部位間違いがあると推定されており、整形外科手術が最も多いと報告されている

(JCの報告では41%、米国整形外科学会の報告では68%)。

このような状況に対して2000年代前半、誤認防止を中心とした手術安全の取り組みが展開された。JC(当時JCAHO* 4 )は、1998年に15件の手術部位間違いに関する警鐘事象情報を、2001 年には 150 件の誤認手術(部位間違い・患者間違い・手技間違い)に関する警鐘事象情報の報告を行った。さらに 2003 年には、誤認手術防止対策をまとめた「誤認手術防止のためのユニバーサルプロトコール」を発表した。ユニバーサルプロトコールは、①術前の確認、②手術部位のマーキング、③手術開始直前のタ

イムアウト実施という3つの項目から構成され、その後の誤認手術防止対策の「礎」となった(表2)。

2004 年にVA-NCPS* 5 はユニバーサルプロトコールを発展させたプログラムを発表した。ここでは、3つの場面(手術前、手術室入室直前、手術開始直前)に分けて誤認防止策を行うことが推奨され、同様のプログラムがオーストラリアでも展開された。2005年には日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会から「誤認手術防止に関する提言」(表3)が出され、日本の多くの医療機関で手術開始直前のタイムアウトが実施されるようになった。

WHOの「手術安全チェックリスト」

2007 年、WHO* 6 による「患者安全のための世界連携」のなかで「安全な手術は命を救う」というプログラムが開始され、手術安全は次のステップに進むことになった。このプログラムでは誤認防止だけでなく、手術安全のための10の目標を立て(表4)、この目標を実践するためのツールとして「手術

安全チェックリスト」が発表された(図2)。チェックリストは、手順を確実にこなす

ことによって事故を防止するという点で非常に効果的であり、航空機の操縦などでは欠かせない安全策となっている。手術においても、誤認や遺残などの“起きてはならないこと”を避ける目的ではチェックリストの使用は有効である。しかし、実際の手術中には予想外の展開が数多く発生し、決められた手順どおりに動くべき場合よりも、その場で自分たちが判断し行動して危機を回避すべき場合の方が多い。仮に、患者の合併症別、手術別に、術中に予測される危険を網羅してチェックリストを作成すると、大量のチェック項目が必要となり、現実には使用不可能である。そのような「予想外・多種・複雑な問題」の対処に対してチェックリストを活用することに、WHOのプログラム作成の中心人物であるAtul Gawandeは挑戦した。彼は建設現場でのチェックリストの活用法を参考にした。建設現場では多くの職種が同時に作業を進めていくが、その工程でさまざまな問題が発生する。起こりうるすべての問題を予測するのは不可能であるが、要所要所で関係者が集まって話し合う予定を事前に設定しチェックリストに明示していた。つまり、工事の予定ではなくコミュニケーションの予定をチェックリストに記載し、専門家たちに確実にコミュニケーションをとらせることで不測の

事態に対応する方法をとっていたのである。WHOの「手術安全チェックリスト」もこ

の考え方を採用し、皮膚切開前の確認や手術室退室前の確認時に多職種で情報を共有する機会を設けている(図2の赤枠)。「手術安全チェックリスト」の使用は、遺残や誤認といった“起きてはならないこと”を避けるだけでなく、ある程度予測可能な事態を評価しその情報を手術チームで共有することによって手術が「悪い結果となること」を回避し、異常事態が発生した場合も迅速な対応をとることを可能にした。「手術安全チェックリスト」は本格運用の

前に世界8か国の病院で試験運用が行われ、死亡率、合併症、手術部位感染もすべて劇的に低下したという結果が報告されたが 1 )、この報告に対して、8か国に発展途上国を含むことによる結果で先進国では効果がないのではないかという疑問があがった。しかし、オランダでの多施設対照試験(チェックリスト導入 6 施設と非導入 5 施設とを比較)でも、呼吸器合併症、循環器合併症、術後リーク、SSI、出血、尿路感染、神経合併症、術中の技術的問題などがチェックリスト導入施設のみで減少し、先進国でも効果があることが証明された 2 )。現在、複数研究のまとめによると、チェックリスト使用により合併症は37%、死亡率は43%減らすことができるという結果が出ている3 )。

JCは報告された警鐘事象のRoot Cause

Analysis(根本原因分析)の結果を定期的に発表しているが、「手術中・術後合併症の根本原因」や「麻酔関連合併症の根本原因」の上位をコミュニケーションに関する事項が占めることから、コミュニケーションを改善することでこれらの合併症を予防することができると考察できる。WHO自身もコミュニケーションに取り組む姿勢をさらに明確化しており、2009年に改訂されたガイドラインでは、従来のTime Out(タイムアウト)だけでなく、手術の詳細についてチームメンバーで議論を行うExtended Pause

(拡大休止)の有効性に言及している。しかし、短時間で有効なコミュニケーシ

ョンをとることは簡単なことではない。日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会では、皮膚切開前の確認(TIME OUT)や患者退室前の確認(SING OUT)などについて良い例・悪い例のビデオを作成し解説を行っているので、各施設で参考にしていただきたい。

緊急時の対応

「手術安全チェックリスト」使用により緊急時の対処を手術チームである程度共有することが可能となるが、それ以前に、指揮系統の確立、迅速な応援体制、器材の準備など、異常事態発生時に適切に対処するための体制を手術室で整えることが大切であ

したSentinel Event Alert(警鐘事象情報)「意図しない異物遺残の防止」によると、2005~ 2012 年の遺残報告は 772 事例で、そのうち95%で追加処置・入院延長が必要となり、遺残 1 事例あたり 166 , 0 0 0 ~200,000 ドルの追加コストが生じていた。遺残のリスク因子として、肥満(BMIが 1増えると1.1倍)、緊急手術( 9倍)、手術手順の変更・追加や合併症発生などの予期せぬ変更( 4倍)などがあげられている。“古典的な”遺残防止方法として外科医によるCavity Sweep(術者の手による体腔内の捜索)と用手カウントが行われているが、いずれもヒューマンエラーが起きやすく、ガー

ならないこと”と“悪い結果となること”は単一のアプローチでは対処できないということが想像できる。

起きてはならない事故

米国 NQF* 1 の定める事故届出基準“Serious Reportable Events”の手術のカテゴリーには、①部位取り違え手術、②患者取り違え手術、③手術術式の取り違え、④手術器具等の体内遺残、⑤全身状態が良好な患者の術中・術直後の死亡があげられている。このうち、①②③の“誤認”と④の“遺残”については“Never events”つまり“起

きてはならない事故”と解説されている。また、英国NHS*2 の“The never events list”でも、誤認手術と体内遺残が“起きてはならない事故”としてあげられている。

体内遺残とその防止策

国内の統計では、2004年10月から2008年 9 月までの手術における異物残存が 124件報告されている。開腹手術が最も多く3分の1を占め、遺残内容の半分以上がガーゼであり、手術室退室までに発見された割合は20%にすぎない(図1)。

また、米国JC* 3 が 2013 年 10 月に発行

表1 JCが提案する異物遺残改善への推奨と戦略(改変)

❶効果的なプロセスと手順

・標準化されたカウント方法を作成する・術野に出るすべての物品を同定する・組織の指導者の支持を得て、多職種(外科医、看護師、麻酔科医、放射線部門、技師)チームが知識・情報を共有して作成する

・JC、WHO、米国外科学会、AORNなどの発行するリソースを利用し、エビデンスに基づいて、組織の方針と手順を作成し実践する

・この方針はすべての手術と侵襲的処置に適用されるべきである以下の内容を含むべきである【カウント手技】・2人のスタッフ(器械出し看護師と外まわり看護師)で声に出して視認しやすい方法で行う・術中に術野に追加で出されたものを含む・ガーゼ類、針など鋭利物、鋼製器具、小物品を含む・ガーゼ束などのパッケージに記されている数量と内容数が正しいことを確認する・カウント実施時期:手術開始前、体腔内腔閉鎖前、閉創開始前、皮膚縫合時または手術終了時、器械出し看護師・外回り看護師交代時

・侵襲的処置が実施されるすべての場面に適用する・定期的に見直しを行う【創部開閉時】・器具の破損の有無を観察する・定めたカウント手技を順守する・秩序だった術創の探索を行う(腹腔鏡を含む)・創閉鎖時のカウント開始時に「閉創時のタイムアウト」をコールする権限をチームメンバーに与え、カウントが中断されないようにする

【術中レントゲン撮影】・カウントが合わないときは、術野すべてをカバーするレントゲンを撮影する・外科チームは「何が行方不明か」を放射線科医に伝え、読影結果は外科チームに直接伝える・たとえカウントが正しくても、外科チームが遺残リスクが高いと判断するときはレントゲンを撮影する

❷効果的なコミュニケーション

・患者安全にかかわる懸念(遺残可能性を含めて)を表明できる機会を設けるため、チームでのブリーフィングやデブリーフィングを手術進行手順に含める

・遺残リスクが高い患者・手技である場合、外科医はタイムアウトで他のメンバーと共有する・カウント状況の表示や、チームメンバー間での責任の共有のため、ホワイトボードを活用する・手術終了時には、術中の手技や患者回復に関しての懸念をメンバー間で共有する・チームトレーニングはアサーション(主張)の促進ややヒエラルキーの打破に有効である・外科医はカウントの結果を声に出して確認する

❸適切な記録 ・カウントの結果を記録する。意図的に残した物品、カウントが不一致であった場合にどう判断したかも記録に残す

・カウント不一致を追跡することは、存在する問題を認識するために重要で、その結果は改善のためのミーティングで議論されるべきである

・正確なデータの収集・分析・共有は、施設での遺残頻度・遺残の多い物品の同定、改善へのアプローチの鍵となる

❹安全のための技術 ・安全のためのテクノロジー(バーコード、X線不透過材質、RFIDタグ)を補完的に利用する

*4 JCAHO:The Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations,医療施設認定合同審査会*5 VA-NCPS:Veterans Affairs National. Center of Patient Safety,退役軍人省患者安全センター*6 WHO:World Health Organization,世界保健機関

表2 誤認手術防止のための   ユニバーサルプロトコール手術前の確認

・手技・患者・部位の確認を行う・可能であれば確認作業に患者を参加させる・必要器具の確認・書類・検査結果・輸血・器具などの確認のためチェックリストを使用する

手術部位マーキング

・脊椎は術中エックス線透視で正確なレベルのマーキングを行う・手技の前に行う・可能であれば、患者を参加させる・手術実施に立ち会い、手術に責任のある有資格者(=術者)が行う・院内で統一された明確な方法で行う・手術部位かその近くに行う・皮膚消毒・ドレープ掛けの後も消えないように行う・マーキングを拒否する患者や手術部位にマークできない症例に対して、施設で部位確認の方法を明文化する

タイムアウト

・皮膚切開や侵襲的処置開始直前に行う・開始する役割を決めておく・手順を標準化する・手術開始から参加するすべてのメンバーを含める・積極的なコミュニケーションをとる・最低限以下の確認を行う(患者氏名・手術部位・予定術式)・同一患者が複数の手技を受ける場合、各々の開始時点で行う・実施の記録を行う

表3 提言 誤認手術の防止について

表4 WHOによる手術安全のための10の目標

(日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会)

①病棟での手術出し前の確認・チェックリストに従って、カルテ、承諾書、リストバンド、マーキングを用いて患者名を照合し、手術部位と術式を確認する

・チェックリストに署名した看護師が患者を搬送する②リストバンド・患者本人を確認する手段としてリストバンドの活用が望ましい③マーキング・すべての手術患者に術前マーキングを行う・患者が覚醒時に実施し、患者に確認してもらう④タイムアウト・執刀医・麻酔科医・看護師で、患者氏名・手術部位・術式(画像所見)を確認する・インプラント・ペースメーカー・手術器材がそろっていることを確認する⑤コミュニケーション・上記手順の実行のために、コミュニケーションを高める努力が必要である

1.患者間違い・手術部位間違いの防止2.適切な鎮痛と麻酔薬による害の防止3.気道確保困難の評価と準備4.大量出血リスクの評価と準備5.薬剤アレルギー・薬剤有害反応の誘発の回避6.手術部位感染リスク低減策の実施7.手術器具・ガーゼな遺残の防止8.手術標本の確保と正確な確認9.手術の安全な実行のための重要な情報の伝達と交換の効果的な実施10.病院と公衆衛生システムによる、手術許容量・実施数・結果の日常的サーベイランスの確立

1) Haynes AB, et al : A surgical safety checklist to reduce morbidity and mortality in a global population. N Engl J Med, 360(5) : 491-499, 2009.2) de Vries EN : Effect of a comprehensive surgical safety system on patient outcomes. 11 : 363(20) : 1928-1937. 2010.3) Borchard A, et al : A systematic review of the effectiveness, compliance, and critical factors for implementation of safety checklists in surgery. Ann Surg, 256(6) : 925-933, 2012.

日本語版「WHO安全な手術のためのガイドライン2009」(新潟県立六日町病院)より

図2 WHOの手術安全チェックリスト(2009年改訂版)

*1 NQF:National Quality Forum,医療の質フォーラム*2 NHS:National Health Service,国民保健サービス*3 JC:The Joint Commission,合同審査会(米国の医療機能評価機構)

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ゼカウント間違いの発生率は 10~ 15%に上ると報告されている。

JCでは、改善への推奨と戦略を提案している(表1)。ここでは、「効果的なプロセスと手順」として標準化されたカウント方法を多職種からなるチームで作成することが重要であるとし、カウント手技の具体的方法や創部開閉時の推奨事項も述べられている。また、「効果的なコミュニケーション」として、遺残可能性を含め患者安全にかかわる懸念を表明できる機会を設けること、外科医はカウント結果を声に出して確認することを推奨している。このほかにも、カウント結果の適切な記録と安全のためのテクノロジーの補完的利用も推奨されており、これらを参考に、各施設での基準を作成することが望まれる。

誤認手術とユニバーサルプロトコール

日本医療機能評価機構には、2004 年 10月から2010年11月までに手術部位の左右取り違えが30件報告された。2007年に「手術部位の左右取り違え」という医療安全情報

が発行され、「マーキングを適切に行うこと」が推奨されたが、その後も左右取り違えの報告が続いたため2011年に第2報の医療安全情報が発行されている。

米国JCには 2004 年から 2012 年の間に6994件の警鐘事象が報告されたが、誤認手術の報告数は 928 件と最も多くを占めた。実際には米国では年間1500~2500件の手術部位間違いがあると推定されており、整形外科手術が最も多いと報告されている

(JCの報告では41%、米国整形外科学会の報告では68%)。

このような状況に対して2000年代前半、誤認防止を中心とした手術安全の取り組みが展開された。JC(当時JCAHO* 4 )は、1998年に15件の手術部位間違いに関する警鐘事象情報を、2001 年には 150 件の誤認手術(部位間違い・患者間違い・手技間違い)に関する警鐘事象情報の報告を行った。さらに 2003 年には、誤認手術防止対策をまとめた「誤認手術防止のためのユニバーサルプロトコール」を発表した。ユニバーサルプロトコールは、①術前の確認、②手術部位のマーキング、③手術開始直前のタ

イムアウト実施という3つの項目から構成され、その後の誤認手術防止対策の「礎」となった(表2)。

2004 年にVA-NCPS* 5 はユニバーサルプロトコールを発展させたプログラムを発表した。ここでは、3つの場面(手術前、手術室入室直前、手術開始直前)に分けて誤認防止策を行うことが推奨され、同様のプログラムがオーストラリアでも展開された。2005年には日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会から「誤認手術防止に関する提言」(表3)が出され、日本の多くの医療機関で手術開始直前のタイムアウトが実施されるようになった。

WHOの「手術安全チェックリスト」

2007 年、WHO* 6 による「患者安全のための世界連携」のなかで「安全な手術は命を救う」というプログラムが開始され、手術安全は次のステップに進むことになった。このプログラムでは誤認防止だけでなく、手術安全のための10の目標を立て(表4)、この目標を実践するためのツールとして「手術

安全チェックリスト」が発表された(図2)。チェックリストは、手順を確実にこなす

ことによって事故を防止するという点で非常に効果的であり、航空機の操縦などでは欠かせない安全策となっている。手術においても、誤認や遺残などの“起きてはならないこと”を避ける目的ではチェックリストの使用は有効である。しかし、実際の手術中には予想外の展開が数多く発生し、決められた手順どおりに動くべき場合よりも、その場で自分たちが判断し行動して危機を回避すべき場合の方が多い。仮に、患者の合併症別、手術別に、術中に予測される危険を網羅してチェックリストを作成すると、大量のチェック項目が必要となり、現実には使用不可能である。そのような「予想外・多種・複雑な問題」の対処に対してチェックリストを活用することに、WHOのプログラム作成の中心人物であるAtul Gawandeは挑戦した。彼は建設現場でのチェックリストの活用法を参考にした。建設現場では多くの職種が同時に作業を進めていくが、その工程でさまざまな問題が発生する。起こりうるすべての問題を予測するのは不可能であるが、要所要所で関係者が集まって話し合う予定を事前に設定しチェックリストに明示していた。つまり、工事の予定ではなくコミュニケーションの予定をチェックリストに記載し、専門家たちに確実にコミュニケーションをとらせることで不測の

事態に対応する方法をとっていたのである。WHOの「手術安全チェックリスト」もこ

の考え方を採用し、皮膚切開前の確認や手術室退室前の確認時に多職種で情報を共有する機会を設けている(図2の赤枠)。「手術安全チェックリスト」の使用は、遺残や誤認といった“起きてはならないこと”を避けるだけでなく、ある程度予測可能な事態を評価しその情報を手術チームで共有することによって手術が「悪い結果となること」を回避し、異常事態が発生した場合も迅速な対応をとることを可能にした。「手術安全チェックリスト」は本格運用の

前に世界8か国の病院で試験運用が行われ、死亡率、合併症、手術部位感染もすべて劇的に低下したという結果が報告されたが 1 )、この報告に対して、8か国に発展途上国を含むことによる結果で先進国では効果がないのではないかという疑問があがった。しかし、オランダでの多施設対照試験(チェックリスト導入 6 施設と非導入 5 施設とを比較)でも、呼吸器合併症、循環器合併症、術後リーク、SSI、出血、尿路感染、神経合併症、術中の技術的問題などがチェックリスト導入施設のみで減少し、先進国でも効果があることが証明された 2 )。現在、複数研究のまとめによると、チェックリスト使用により合併症は37%、死亡率は43%減らすことができるという結果が出ている3 )。

JCは報告された警鐘事象のRoot Cause

Analysis(根本原因分析)の結果を定期的に発表しているが、「手術中・術後合併症の根本原因」や「麻酔関連合併症の根本原因」の上位をコミュニケーションに関する事項が占めることから、コミュニケーションを改善することでこれらの合併症を予防することができると考察できる。WHO自身もコミュニケーションに取り組む姿勢をさらに明確化しており、2009年に改訂されたガイドラインでは、従来のTime Out(タイムアウト)だけでなく、手術の詳細についてチームメンバーで議論を行うExtended Pause

(拡大休止)の有効性に言及している。しかし、短時間で有効なコミュニケーシ

ョンをとることは簡単なことではない。日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会では、皮膚切開前の確認(TIME OUT)や患者退室前の確認(SING OUT)などについて良い例・悪い例のビデオを作成し解説を行っているので、各施設で参考にしていただきたい。

緊急時の対応

「手術安全チェックリスト」使用により緊急時の対処を手術チームである程度共有することが可能となるが、それ以前に、指揮系統の確立、迅速な応援体制、器材の準備など、異常事態発生時に適切に対処するための体制を手術室で整えることが大切であ

したSentinel Event Alert(警鐘事象情報)「意図しない異物遺残の防止」によると、2005~ 2012 年の遺残報告は 772 事例で、そのうち95%で追加処置・入院延長が必要となり、遺残 1 事例あたり 166 , 0 0 0 ~200,000 ドルの追加コストが生じていた。遺残のリスク因子として、肥満(BMIが 1増えると1.1倍)、緊急手術( 9倍)、手術手順の変更・追加や合併症発生などの予期せぬ変更( 4倍)などがあげられている。“古典的な”遺残防止方法として外科医によるCavity Sweep(術者の手による体腔内の捜索)と用手カウントが行われているが、いずれもヒューマンエラーが起きやすく、ガー

ならないこと”と“悪い結果となること”は単一のアプローチでは対処できないということが想像できる。

起きてはならない事故

米国 NQF* 1 の定める事故届出基準“Serious Reportable Events”の手術のカテゴリーには、①部位取り違え手術、②患者取り違え手術、③手術術式の取り違え、④手術器具等の体内遺残、⑤全身状態が良好な患者の術中・術直後の死亡があげられている。このうち、①②③の“誤認”と④の“遺残”については“Never events”つまり“起

きてはならない事故”と解説されている。また、英国NHS*2 の“The never events list”でも、誤認手術と体内遺残が“起きてはならない事故”としてあげられている。

体内遺残とその防止策

国内の統計では、2004年10月から2008年 9 月までの手術における異物残存が 124件報告されている。開腹手術が最も多く3分の1を占め、遺残内容の半分以上がガーゼであり、手術室退室までに発見された割合は20%にすぎない(図1)。

また、米国JC* 3 が 2013 年 10 月に発行

表1 JCが提案する異物遺残改善への推奨と戦略(改変)

❶効果的なプロセスと手順

・標準化されたカウント方法を作成する・術野に出るすべての物品を同定する・組織の指導者の支持を得て、多職種(外科医、看護師、麻酔科医、放射線部門、技師)チームが知識・情報を共有して作成する

・JC、WHO、米国外科学会、AORNなどの発行するリソースを利用し、エビデンスに基づいて、組織の方針と手順を作成し実践する

・この方針はすべての手術と侵襲的処置に適用されるべきである以下の内容を含むべきである【カウント手技】・2人のスタッフ(器械出し看護師と外まわり看護師)で声に出して視認しやすい方法で行う・術中に術野に追加で出されたものを含む・ガーゼ類、針など鋭利物、鋼製器具、小物品を含む・ガーゼ束などのパッケージに記されている数量と内容数が正しいことを確認する・カウント実施時期:手術開始前、体腔内腔閉鎖前、閉創開始前、皮膚縫合時または手術終了時、器械出し看護師・外回り看護師交代時

・侵襲的処置が実施されるすべての場面に適用する・定期的に見直しを行う【創部開閉時】・器具の破損の有無を観察する・定めたカウント手技を順守する・秩序だった術創の探索を行う(腹腔鏡を含む)・創閉鎖時のカウント開始時に「閉創時のタイムアウト」をコールする権限をチームメンバーに与え、カウントが中断されないようにする

【術中レントゲン撮影】・カウントが合わないときは、術野すべてをカバーするレントゲンを撮影する・外科チームは「何が行方不明か」を放射線科医に伝え、読影結果は外科チームに直接伝える・たとえカウントが正しくても、外科チームが遺残リスクが高いと判断するときはレントゲンを撮影する

❷効果的なコミュニケーション

・患者安全にかかわる懸念(遺残可能性を含めて)を表明できる機会を設けるため、チームでのブリーフィングやデブリーフィングを手術進行手順に含める

・遺残リスクが高い患者・手技である場合、外科医はタイムアウトで他のメンバーと共有する・カウント状況の表示や、チームメンバー間での責任の共有のため、ホワイトボードを活用する・手術終了時には、術中の手技や患者回復に関しての懸念をメンバー間で共有する・チームトレーニングはアサーション(主張)の促進ややヒエラルキーの打破に有効である・外科医はカウントの結果を声に出して確認する

❸適切な記録 ・カウントの結果を記録する。意図的に残した物品、カウントが不一致であった場合にどう判断したかも記録に残す

・カウント不一致を追跡することは、存在する問題を認識するために重要で、その結果は改善のためのミーティングで議論されるべきである

・正確なデータの収集・分析・共有は、施設での遺残頻度・遺残の多い物品の同定、改善へのアプローチの鍵となる

❹安全のための技術 ・安全のためのテクノロジー(バーコード、X線不透過材質、RFIDタグ)を補完的に利用する

*4 JCAHO:The Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations,医療施設認定合同審査会*5 VA-NCPS:Veterans Affairs National. Center of Patient Safety,退役軍人省患者安全センター*6 WHO:World Health Organization,世界保健機関

表2 誤認手術防止のための   ユニバーサルプロトコール手術前の確認

・手技・患者・部位の確認を行う・可能であれば確認作業に患者を参加させる・必要器具の確認・書類・検査結果・輸血・器具などの確認のためチェックリストを使用する

手術部位マーキング

・脊椎は術中エックス線透視で正確なレベルのマーキングを行う・手技の前に行う・可能であれば、患者を参加させる・手術実施に立ち会い、手術に責任のある有資格者(=術者)が行う・院内で統一された明確な方法で行う・手術部位かその近くに行う・皮膚消毒・ドレープ掛けの後も消えないように行う・マーキングを拒否する患者や手術部位にマークできない症例に対して、施設で部位確認の方法を明文化する

タイムアウト

・皮膚切開や侵襲的処置開始直前に行う・開始する役割を決めておく・手順を標準化する・手術開始から参加するすべてのメンバーを含める・積極的なコミュニケーションをとる・最低限以下の確認を行う(患者氏名・手術部位・予定術式)・同一患者が複数の手技を受ける場合、各々の開始時点で行う・実施の記録を行う

表3 提言 誤認手術の防止について

表4 WHOによる手術安全のための10の目標

(日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会)

①病棟での手術出し前の確認・チェックリストに従って、カルテ、承諾書、リストバンド、マーキングを用いて患者名を照合し、手術部位と術式を確認する

・チェックリストに署名した看護師が患者を搬送する②リストバンド・患者本人を確認する手段としてリストバンドの活用が望ましい③マーキング・すべての手術患者に術前マーキングを行う・患者が覚醒時に実施し、患者に確認してもらう④タイムアウト・執刀医・麻酔科医・看護師で、患者氏名・手術部位・術式(画像所見)を確認する・インプラント・ペースメーカー・手術器材がそろっていることを確認する⑤コミュニケーション・上記手順の実行のために、コミュニケーションを高める努力が必要である

1.患者間違い・手術部位間違いの防止2.適切な鎮痛と麻酔薬による害の防止3.気道確保困難の評価と準備4.大量出血リスクの評価と準備5.薬剤アレルギー・薬剤有害反応の誘発の回避6.手術部位感染リスク低減策の実施7.手術器具・ガーゼな遺残の防止8.手術標本の確保と正確な確認9.手術の安全な実行のための重要な情報の伝達と交換の効果的な実施10.病院と公衆衛生システムによる、手術許容量・実施数・結果の日常的サーベイランスの確立

1) Haynes AB, et al : A surgical safety checklist to reduce morbidity and mortality in a global population. N Engl J Med, 360(5) : 491-499, 2009.2) de Vries EN : Effect of a comprehensive surgical safety system on patient outcomes. 11 : 363(20) : 1928-1937. 2010.3) Borchard A, et al : A systematic review of the effectiveness, compliance, and critical factors for implementation of safety checklists in surgery. Ann Surg, 256(6) : 925-933, 2012.

日本語版「WHO安全な手術のためのガイドライン2009」(新潟県立六日町病院)より

図2 WHOの手術安全チェックリスト(2009年改訂版)

*1 NQF:National Quality Forum,医療の質フォーラム*2 NHS:National Health Service,国民保健サービス*3 JC:The Joint Commission,合同審査会(米国の医療機能評価機構)

3M_vol2.indd 2-4 2014/03/13 15:38

Page 4: PW Voice 2 「手術室の医療安全を考える」(手術医学 …ゆる“ノンテクニカルスキル”が事態を悪 化させたことがわかる。 この2つの事例を比較すると、“起きては

ゼカウント間違いの発生率は 10~ 15%に上ると報告されている。

JCでは、改善への推奨と戦略を提案している(表1)。ここでは、「効果的なプロセスと手順」として標準化されたカウント方法を多職種からなるチームで作成することが重要であるとし、カウント手技の具体的方法や創部開閉時の推奨事項も述べられている。また、「効果的なコミュニケーション」として、遺残可能性を含め患者安全にかかわる懸念を表明できる機会を設けること、外科医はカウント結果を声に出して確認することを推奨している。このほかにも、カウント結果の適切な記録と安全のためのテクノロジーの補完的利用も推奨されており、これらを参考に、各施設での基準を作成することが望まれる。

誤認手術とユニバーサルプロトコール

日本医療機能評価機構には、2004 年 10月から2010年11月までに手術部位の左右取り違えが30件報告された。2007年に「手術部位の左右取り違え」という医療安全情報

が発行され、「マーキングを適切に行うこと」が推奨されたが、その後も左右取り違えの報告が続いたため2011年に第2報の医療安全情報が発行されている。

米国JCには 2004 年から 2012 年の間に6994件の警鐘事象が報告されたが、誤認手術の報告数は 928 件と最も多くを占めた。実際には米国では年間1500~2500件の手術部位間違いがあると推定されており、整形外科手術が最も多いと報告されている

(JCの報告では41%、米国整形外科学会の報告では68%)。

このような状況に対して2000年代前半、誤認防止を中心とした手術安全の取り組みが展開された。JC(当時JCAHO* 4 )は、1998年に15件の手術部位間違いに関する警鐘事象情報を、2001 年には 150 件の誤認手術(部位間違い・患者間違い・手技間違い)に関する警鐘事象情報の報告を行った。さらに 2003 年には、誤認手術防止対策をまとめた「誤認手術防止のためのユニバーサルプロトコール」を発表した。ユニバーサルプロトコールは、①術前の確認、②手術部位のマーキング、③手術開始直前のタ

イムアウト実施という3つの項目から構成され、その後の誤認手術防止対策の「礎」となった(表2)。

2004 年にVA-NCPS* 5 はユニバーサルプロトコールを発展させたプログラムを発表した。ここでは、3つの場面(手術前、手術室入室直前、手術開始直前)に分けて誤認防止策を行うことが推奨され、同様のプログラムがオーストラリアでも展開された。2005年には日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会から「誤認手術防止に関する提言」(表3)が出され、日本の多くの医療機関で手術開始直前のタイムアウトが実施されるようになった。

WHOの「手術安全チェックリスト」

2007 年、WHO* 6 による「患者安全のための世界連携」のなかで「安全な手術は命を救う」というプログラムが開始され、手術安全は次のステップに進むことになった。このプログラムでは誤認防止だけでなく、手術安全のための10の目標を立て(表4)、この目標を実践するためのツールとして「手術

安全チェックリスト」が発表された(図2)。チェックリストは、手順を確実にこなす

ことによって事故を防止するという点で非常に効果的であり、航空機の操縦などでは欠かせない安全策となっている。手術においても、誤認や遺残などの“起きてはならないこと”を避ける目的ではチェックリストの使用は有効である。しかし、実際の手術中には予想外の展開が数多く発生し、決められた手順どおりに動くべき場合よりも、その場で自分たちが判断し行動して危機を回避すべき場合の方が多い。仮に、患者の合併症別、手術別に、術中に予測される危険を網羅してチェックリストを作成すると、大量のチェック項目が必要となり、現実には使用不可能である。そのような「予想外・多種・複雑な問題」の対処に対してチェックリストを活用することに、WHOのプログラム作成の中心人物であるAtul Gawandeは挑戦した。彼は建設現場でのチェックリストの活用法を参考にした。建設現場では多くの職種が同時に作業を進めていくが、その工程でさまざまな問題が発生する。起こりうるすべての問題を予測するのは不可能であるが、要所要所で関係者が集まって話し合う予定を事前に設定しチェックリストに明示していた。つまり、工事の予定ではなくコミュニケーションの予定をチェックリストに記載し、専門家たちに確実にコミュニケーションをとらせることで不測の

事態に対応する方法をとっていたのである。WHOの「手術安全チェックリスト」もこ

の考え方を採用し、皮膚切開前の確認や手術室退室前の確認時に多職種で情報を共有する機会を設けている(図2の赤枠)。「手術安全チェックリスト」の使用は、遺残や誤認といった“起きてはならないこと”を避けるだけでなく、ある程度予測可能な事態を評価しその情報を手術チームで共有することによって手術が「悪い結果となること」を回避し、異常事態が発生した場合も迅速な対応をとることを可能にした。「手術安全チェックリスト」は本格運用の

前に世界8か国の病院で試験運用が行われ、死亡率、合併症、手術部位感染もすべて劇的に低下したという結果が報告されたが 1 )、この報告に対して、8か国に発展途上国を含むことによる結果で先進国では効果がないのではないかという疑問があがった。しかし、オランダでの多施設対照試験(チェックリスト導入 6 施設と非導入 5 施設とを比較)でも、呼吸器合併症、循環器合併症、術後リーク、SSI、出血、尿路感染、神経合併症、術中の技術的問題などがチェックリスト導入施設のみで減少し、先進国でも効果があることが証明された 2 )。現在、複数研究のまとめによると、チェックリスト使用により合併症は37%、死亡率は43%減らすことができるという結果が出ている3 )。

JCは報告された警鐘事象のRoot Cause

Analysis(根本原因分析)の結果を定期的に発表しているが、「手術中・術後合併症の根本原因」や「麻酔関連合併症の根本原因」の上位をコミュニケーションに関する事項が占めることから、コミュニケーションを改善することでこれらの合併症を予防することができると考察できる。WHO自身もコミュニケーションに取り組む姿勢をさらに明確化しており、2009年に改訂されたガイドラインでは、従来のTime Out(タイムアウト)だけでなく、手術の詳細についてチームメンバーで議論を行うExtended Pause

(拡大休止)の有効性に言及している。しかし、短時間で有効なコミュニケーシ

ョンをとることは簡単なことではない。日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会では、皮膚切開前の確認(TIME OUT)や患者退室前の確認(SING OUT)などについて良い例・悪い例のビデオを作成し解説を行っているので、各施設で参考にしていただきたい。

緊急時の対応

「手術安全チェックリスト」使用により緊急時の対処を手術チームである程度共有することが可能となるが、それ以前に、指揮系統の確立、迅速な応援体制、器材の準備など、異常事態発生時に適切に対処するための体制を手術室で整えることが大切であ

したSentinel Event Alert(警鐘事象情報)「意図しない異物遺残の防止」によると、2005~ 2012 年の遺残報告は 772 事例で、そのうち95%で追加処置・入院延長が必要となり、遺残 1 事例あたり 166 , 0 0 0 ~200,000 ドルの追加コストが生じていた。遺残のリスク因子として、肥満(BMIが 1増えると1.1倍)、緊急手術( 9倍)、手術手順の変更・追加や合併症発生などの予期せぬ変更( 4倍)などがあげられている。“古典的な”遺残防止方法として外科医によるCavity Sweep(術者の手による体腔内の捜索)と用手カウントが行われているが、いずれもヒューマンエラーが起きやすく、ガー

ならないこと”と“悪い結果となること”は単一のアプローチでは対処できないということが想像できる。

起きてはならない事故

米国 NQF* 1 の定める事故届出基準“Serious Reportable Events”の手術のカテゴリーには、①部位取り違え手術、②患者取り違え手術、③手術術式の取り違え、④手術器具等の体内遺残、⑤全身状態が良好な患者の術中・術直後の死亡があげられている。このうち、①②③の“誤認”と④の“遺残”については“Never events”つまり“起

きてはならない事故”と解説されている。また、英国NHS*2 の“The never events list”でも、誤認手術と体内遺残が“起きてはならない事故”としてあげられている。

体内遺残とその防止策

国内の統計では、2004年10月から2008年 9 月までの手術における異物残存が 124件報告されている。開腹手術が最も多く3分の1を占め、遺残内容の半分以上がガーゼであり、手術室退室までに発見された割合は20%にすぎない(図1)。

また、米国JC* 3 が 2013 年 10 月に発行

表1 JCが提案する異物遺残改善への推奨と戦略(改変)

❶効果的なプロセスと手順

・標準化されたカウント方法を作成する・術野に出るすべての物品を同定する・組織の指導者の支持を得て、多職種(外科医、看護師、麻酔科医、放射線部門、技師)チームが知識・情報を共有して作成する

・JC、WHO、米国外科学会、AORNなどの発行するリソースを利用し、エビデンスに基づいて、組織の方針と手順を作成し実践する・この方針はすべての手術と侵襲的処置に適用されるべきである以下の内容を含むべきである【カウント手技】・2人のスタッフ(器械出し看護師と外まわり看護師)で声に出して視認しやすい方法で行う・術中に術野に追加で出されたものを含む・ガーゼ類、針など鋭利物、鋼製器具、小物品を含む・ガーゼ束などのパッケージに記されている数量と内容数が正しいことを確認する・カウント実施時期:手術開始前、体腔内腔閉鎖前、閉創開始前、皮膚縫合時または手術終了時、器械出し看護師・外回り看護師交代時・侵襲的処置が実施されるすべての場面に適用する・定期的に見直しを行う【創部開閉時】・器具の破損の有無を観察する・定めたカウント手技を順守する・秩序だった術創の探索を行う(腹腔鏡を含む)・創閉鎖時のカウント開始時に「閉創時のタイムアウト」をコールする権限をチームメンバーに与え、カウントが中断されないようにする

【術中レントゲン撮影】・カウントが合わないときは、術野すべてをカバーするレントゲンを撮影する・外科チームは「何が行方不明か」を放射線科医に伝え、読影結果は外科チームに直接伝える・たとえカウントが正しくても、外科チームが遺残リスクが高いと判断するときはレントゲンを撮影する

❷効果的なコミュニケーション

・患者安全にかかわる懸念(遺残可能性を含めて)を表明できる機会を設けるため、チームでのブリーフィングやデブリーフィングを手術進行手順に含める・遺残リスクが高い患者・手技である場合、外科医はタイムアウトで他のメンバーと共有する・カウント状況の表示や、チームメンバー間での責任の共有のため、ホワイトボードを活用する・手術終了時には、術中の手技や患者回復に関しての懸念をメンバー間で共有する・チームトレーニングはアサーション(主張)の促進ややヒエラルキーの打破に有効である・外科医はカウントの結果を声に出して確認する

❸適切な記録 ・カウントの結果を記録する。意図的に残した物品、カウントが不一致であった場合にどう判断したかも記録に残す・カウント不一致を追跡することは、存在する問題を認識するために重要で、その結果は改善のためのミーティングで議論されるべきである・正確なデータの収集・分析・共有は、施設での遺残頻度・遺残の多い物品の同定、改善へのアプローチの鍵となる

❹安全のための技術 ・安全のためのテクノロジー(バーコード、X線不透過材質、RFIDタグ)を補完的に利用する

*4 JCAHO:The Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations,医療施設認定合同審査会*5 VA-NCPS:Veterans Affairs National. Center of Patient Safety,退役軍人省患者安全センター*6 WHO:World Health Organization,世界保健機関

表2 誤認手術防止のための   ユニバーサルプロトコール手術前の確認

・手技・患者・部位の確認を行う・可能であれば確認作業に患者を参加させる・必要器具の確認・書類・検査結果・輸血・器具などの確認のためチェックリストを使用する

手術部位マーキング

・脊椎は術中エックス線透視で正確なレベルのマーキングを行う・手技の前に行う・可能であれば、患者を参加させる・手術実施に立ち会い、手術に責任のある有資格者(=術者)が行う・院内で統一された明確な方法で行う・手術部位かその近くに行う・皮膚消毒・ドレープ掛けの後も消えないように行う・マーキングを拒否する患者や手術部位にマークできない症例に対して、施設で部位確認の方法を明文化する

タイムアウト

・皮膚切開や侵襲的処置開始直前に行う・開始する役割を決めておく・手順を標準化する・手術開始から参加するすべてのメンバーを含める・積極的なコミュニケーションをとる・最低限以下の確認を行う(患者氏名・手術部位・予定術式)・同一患者が複数の手技を受ける場合、各々の開始時点で行う・実施の記録を行う

表3 提言 誤認手術の防止について

表4 WHOによる手術安全のための10の目標

(日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会)

①病棟での手術出し前の確認・チェックリストに従って、カルテ、承諾書、リストバンド、マーキングを用いて患者名を照合し、手術部位と術式を確認する

・チェックリストに署名した看護師が患者を搬送する②リストバンド・患者本人を確認する手段としてリストバンドの活用が望ましい③マーキング・すべての手術患者に術前マーキングを行う・患者が覚醒時に実施し、患者に確認してもらう④タイムアウト・執刀医・麻酔科医・看護師で、患者氏名・手術部位・術式(画像所見)を確認する・インプラント・ペースメーカー・手術器材がそろっていることを確認する⑤コミュニケーション・上記手順の実行のために、コミュニケーションを高める努力が必要である

1.患者間違い・手術部位間違いの防止2.適切な鎮痛と麻酔薬による害の防止3.気道確保困難の評価と準備4.大量出血リスクの評価と準備5.薬剤アレルギー・薬剤有害反応の誘発の回避6.手術部位感染リスク低減策の実施7.手術器具・ガーゼな遺残の防止8.手術標本の確保と正確な確認9.手術の安全な実行のための重要な情報の伝達と交換の効果的な実施10.病院と公衆衛生システムによる、手術許容量・実施数・結果の日常的サーベイランスの確立

1) Haynes AB, et al : A surgical safety checklist to reduce morbidity and mortality in a global population. N Engl J Med, 360(5) : 491-499, 2009.2) de Vries EN : Effect of a comprehensive surgical safety system on patient outcomes. 11 : 363(20) : 1928-1937. 2010.3) Borchard A, et al : A systematic review of the effectiveness, compliance, and critical factors for implementation of safety checklists in surgery. Ann Surg, 256(6) : 925-933, 2012.

日本語版「WHO安全な手術のためのガイドライン2009」(新潟県立六日町病院)より

図2 WHOの手術安全チェックリスト(2009年改訂版)

*1 NQF:National Quality Forum,医療の質フォーラム*2 NHS:National Health Service,国民保健サービス*3 JC:The Joint Commission,合同審査会(米国の医療機能評価機構)

3M_vol2.indd 2-4 2014/03/13 15:38

Page 5: PW Voice 2 「手術室の医療安全を考える」(手術医学 …ゆる“ノンテクニカルスキル”が事態を悪 化させたことがわかる。 この2つの事例を比較すると、“起きては

3M Patient Warming

Mar 2014

Vol.2

2014年3月発行販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング ブランケット認証番号:223ADBZX00108000販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング モデル 775認証番号:224ADBZX00145000

手術室の安全管理の2つの柱

損害が大きなリスクが予測される場合、多くの産業ではリスクを「回避」するのが定石である。しかし、手術医療においては、手術の「回避」は治療の選択肢を大幅に狭めてしまうため、多くの場合リスクを抱えながら手術に臨むことになる。そのため、現実的な手術室の安全管理は、①危険を未然に防ぐ努力と、②異常事態発生時に適切に対処することが柱となる。さらに、前者は

“起きてはならないことを避・

け・

る・

努力”と“悪い結果となることを減

ら・

す・

努力”の 2

つに分けられる。“起きてはならないこと”が起きた手術

の代表として、1999 年の横浜市立大学医学部附属病院の患者取り違え事故があげられる。この事故は、病棟から手術室への受け渡し時に患者が入れ替わり、心臓の手術患者と肺の手術患者を取り違えて手術を行ったものである。事故の要因を分析すると、①病棟の人員配置と患者搬送体制が不十分であった、②患者確認方法が個人任せになっていた、③患者とカルテとが別々に運ばれた、④麻酔後に患者を特定する方法がなかった、⑤問題発生時の解決ルートが定まっていなかったなど、原因の多くは、“病院

のシステム”の欠陥であったことがわかる。一方、“悪い結果となった手術”として、

2002 年の東京慈恵会医科大学青戸病院の腹腔鏡下手術事故を例にあげる。この事故では経験の少ない医師により手術が行われ、出血が原因となり患者が死亡しており、術者の技量(テクニカルスキル)不足が問題視された。しかし、事故の経過を詳しくみると、医師間や部署間のコミュニケーション、手術チームの状況認識、意思決定、リーダーシップ、チームワークといったいわゆる“ノンテクニカルスキル”が事態を悪化させたことがわかる。

この2つの事例を比較すると、“起きては

手術室の医療安全を考える

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ベアーハガーTM

アンダーボディブランケット

第35回日本手術医学会総会 ランチョンセミナー6パシフィコ横浜2013年11月9日(土) 12:10~13:10

〈演者〉

菊地 龍明先生横浜市立大学附属病院 医療安全・医療管理学

1990 年 横 浜 市 立 大 学 医 学 部 卒。1992 年同大学麻酔科入局。2004年同大学附属病院手術部。2011 年国立病院機構横浜医療センター麻酔科。2013 年より現職。

〈司会〉

山田 芳嗣先生東京大学大学院医学研究科生体管理医学講座麻酔学

図1 国内での手術遺残統計

異物遺残が発生した手術の種類 異物遺残の内容 異物遺残の発見場面

開頭手術

9%開胸手術

10%

開心手術

10%

綿球等

8%

鉗子類

5%

メス

1%

チューブ類

3%

鏡視下手術

6%

不明

2%

開腹手術

34%

ガーゼ

55%

手術中

12%

退院まで

50%

その他

18%その他

18%

手術室退室まで

8%

退院後

28%

不明

2%

日本医療機能評価機構医療事故防止事業部:医療事故情報収集等事業第15回報告書より

る。2013年に改訂された日本手術医学会の「手術医療の実践ガイドライン」の「患者急変時の連携」にも、指揮系統や応援体制に関して記載されている(表5)。緊急時の対応は実務経験を積むことが難しいため、訓練やシミュレーションが有効となる。横浜市立大学附属病院では多部署合同で、大量出血、アナフィラキシー、換気困難症例などの緊急時対応訓練を行ってきた。シミュレーターを使用し、日常的でない手技の実施や機器の操作を行うことで、スタッフ個々のスキルアップになるだけでなく、手術チーム・手術部としての動き方の疑似体験学習も可能となる。また、このような訓練時に、ブリーフィングやデブリーフィングを多職種で行うことは、チームトレーニングとして効果的である。

手術安全とテクノロジー

手術医学の進歩は医療機器の進歩と切り離すことができない。日本で初めて腹腔鏡下胆嚢摘出術が行われたのは 1990 年であるが、その後数年でさまざまな内視鏡手術が行われるようになった。これには、カメラ、自動吻合器、エネルギーデバイスなどの医療機器の進歩が大きく貢献している。たとえば、自動吻合器による回腸端々吻合は手縫い吻合と比較して縫合不全リスクが少ないという報告 4 )や、双極型電気血管閉鎖装置(LigaSure)は手術時間を短縮し出血量も減少するという報告 5 )、新しいハンドピースの登場により肝切除の術式が変化し出血量や輸血症例が減少したというエビデンス 6 )もある。

こういった新しい技術を患者に提供するときには事前に技術トレーニングを行う必要があるため、多くの教育機関・医療施設で

は内視鏡手術のシミュレータートレーニングを取り入れ、日本内視鏡外科学会では技術認定制度をおくことにより術者の技術レベルを担保している。

手術室での外科テクノロジー関連のエラー・有害事象についての28 研究の系統的レビュー 7 )では、「 1つの手術あたりのエラーは15.5回(観察者による研究)で、そのうち機器・機械に関するエラーは 23.5%であった」としている。つまり、1つの手術で機器・機械に関するエラーが 3~ 4 回起こっているということである。その原因は、機器手配の問題が37%、配置・設定の問題が43%、作動の異常が33%であるが、機器手配や配置・設定の問題はヒューマンエラーによるものなので回避することが可能である。

エラーの回避として、術前チェックリスト、ブリーフィング、スタッフトレーニングプログラムの使用があげられるが、それらの導入により機器・機械関連エラーでは平均48.6%減少するといわれている。さらに、チェックリストの項目に機器チェックを加えると平均60.7%エラーが減少するといわれている。

新しい安全の概念;Safety-ⅠとSafety-Ⅱ

従来、安全は「偶発的障害がないこと」(AHRQ* 7 )、「医療に関連した不必要な害のリスクを許容可能な最小限の水準まで減らす行為」(WHO)と定義され、「悪い結果を避けることを目指す」ことを目標とし、「事故やインシデントなどの原因を探り、原因を取り除くことで再発を防止する」ことが安全管理であった。このような安全の考え方を近年「Safety-Ⅰ」と呼ぶ。それに対して、新しい「Safety-Ⅱ」という概念では、「安全とは条件が変わっても成功を実現する能

力」と定義される。たとえば手術を例にとると、同じ術式を

行っても、症例によって経過はさまざまで、順調な症例とそうでもない症例が混在するであろうが、ごくまれに許容範囲から外れた悪い結果を生じることがあるかもしれない。Safety-Ⅰでは、この許容範囲を外れた原因を見出して排除するという対策をとるが、この場合、成功の原因と失敗の原因が異なることが前提となる。しかし悪い結果となった手術に、明らかな失敗の原因が存在するとは限らず、普段と同じように手術を行ったのに結果が悪かったということもあるはずである。この場合、ほとんどの症例で許容範囲内の結果を出しているのは、変化するさまざまな状況(患者個々の重症度や合併症、手術スタッフの経験値、環境など)に手術チームが対応しているためであるという事実に着目し、「状況が変化してもそれに対応して結果が落ち込まないようにする」ためにはどうすればよいかという着眼点が必要になる。それがSafety-Ⅱの考え方である。

医療はさまざまな状況変化に対応して期待される成果を出さなければならない業務である。Safety-Ⅱでは、安全管理の目的を「状況変化への対応能力を高めること(事前の備え、最中の対処、受けた影響からの回復)」ととらえる。Safety-Ⅱのキーワードとなるのがレジリエンス(復元力、回復力)であり、これには①何かが起きたときに反応できる、②状況モニターし何が重要かを理解できる、③予測ができる、④学習ができる(失敗と同様、成功からも学ぶ)という 4つの能力を含む。この 4つの能力を医療者個人がすべて兼ね備えることは困難であり、チーム医療においてはチームメンバーが補完的に役割を果たすべきである。そのためには、個人のトレーニングだけでなく、今日話題としてきた手術安全チェックリストの活用やコミュニケーションの強化や緊急時対応訓練などを含め、チームトレーニングやチームのモニタリングを行うことによるチーム力の強化が重要となると考えられる。

四肢手術

11%縫合針

10%

表5 「手術医療の実践ガイドライン」の「患者急変時の連携」

1.外回り看護師または麻酔科医は躊躇なく緊急コールをかけ、人手を集める。2.統括指揮者を明確にする。統括指揮者は状況を把握し、手術継続の可否や対応につい

て判断を行い、各スタッフの役割について指示を出す。3.大量出血時には、輸血部門、検査部門に状況を伝え、危機意識を共有する。必要に応

じて血管外科、臨床工学技士への応援を要請する。

ドレープとの間に温かい空気の対流が生まれ患者を包むように加温します。

・術野へのアクセスが容易・広範囲な体表面の加温が可能・準備が簡単

アンダーボディブランケット特徴 3MTM ベアーハガーTM ペーシェントウォーミングモデル775

3MTM ベアーハガーTM アンダーボディブランケット 砕石位用 モデル585

Q & A シリーズ(1~3) 効果的に、かつ安全に製品をご使用いただくために、Q&Aシリーズをご用意しています。

3MTM ベアーハガーTM 体温管理製品の詳しい情報は

http://www.mmm.co.jp/hc/pw/index.html/体温管理製品

*7 AHRQ:Agency for Healthcare Research and Quality,医療品質研究調査機構

4) Choy PY, et al : Stapled versus handsewn methods for ileocolic anastomoses. Cochrane Database Syst Rev, 7(9), 2011.5) Takiguchi N, et al : Multicenter randomized comparison of LigaSure versus conventional surgery for gastrointestinal carcinoma. Surg Today, 40(11) : 1050-1054, 2010.6) Gotohda N, et al : Surgical outcome of liver transection by the crush-clamping technique combined with Harmonic FOCUS™. World J Surg, 36(9) : 2156-2160, 2012.7) Weerakkody RA, et al : Surgical technology and operating-room safety failures ; a systematic review of quantitative studies. BMJ Qual Saf, 22(9) : 710-718, 2013.

3M_vol2.indd 5-1 2014/03/13 15:38

Page 6: PW Voice 2 「手術室の医療安全を考える」(手術医学 …ゆる“ノンテクニカルスキル”が事態を悪 化させたことがわかる。 この2つの事例を比較すると、“起きては

3M Patient Warming

Mar 2014

Vol.2

2014年3月発行販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング ブランケット認証番号:223ADBZX00108000販売名:3M ベアーハガー ペーシェントウォーミング モデル 775認証番号:224ADBZX00145000

手術室の安全管理の2つの柱

損害が大きなリスクが予測される場合、多くの産業ではリスクを「回避」するのが定石である。しかし、手術医療においては、手術の「回避」は治療の選択肢を大幅に狭めてしまうため、多くの場合リスクを抱えながら手術に臨むことになる。そのため、現実的な手術室の安全管理は、①危険を未然に防ぐ努力と、②異常事態発生時に適切に対処することが柱となる。さらに、前者は

“起きてはならないことを避・

け・

る・

努力”と“悪い結果となることを減

ら・

す・

努力”の 2

つに分けられる。“起きてはならないこと”が起きた手術

の代表として、1999 年の横浜市立大学医学部附属病院の患者取り違え事故があげられる。この事故は、病棟から手術室への受け渡し時に患者が入れ替わり、心臓の手術患者と肺の手術患者を取り違えて手術を行ったものである。事故の要因を分析すると、①病棟の人員配置と患者搬送体制が不十分であった、②患者確認方法が個人任せになっていた、③患者とカルテとが別々に運ばれた、④麻酔後に患者を特定する方法がなかった、⑤問題発生時の解決ルートが定まっていなかったなど、原因の多くは、“病院

のシステム”の欠陥であったことがわかる。一方、“悪い結果となった手術”として、

2002 年の東京慈恵会医科大学青戸病院の腹腔鏡下手術事故を例にあげる。この事故では経験の少ない医師により手術が行われ、出血が原因となり患者が死亡しており、術者の技量(テクニカルスキル)不足が問題視された。しかし、事故の経過を詳しくみると、医師間や部署間のコミュニケーション、手術チームの状況認識、意思決定、リーダーシップ、チームワークといったいわゆる“ノンテクニカルスキル”が事態を悪化させたことがわかる。

この2つの事例を比較すると、“起きては

手術室の医療安全を考える

3MTM

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〈演者〉

菊地 龍明先生横浜市立大学附属病院 医療安全・医療管理学

1990 年 横 浜 市 立 大 学 医 学 部 卒。1992 年同大学麻酔科入局。2004年同大学附属病院手術部。2011 年国立病院機構横浜医療センター麻酔科。2013 年より現職。

〈司会〉

山田 芳嗣先生東京大学大学院医学研究科生体管理医学講座麻酔学

図1 国内での手術遺残統計

異物遺残が発生した手術の種類 異物遺残の内容 異物遺残の発見場面

開頭手術

9%開胸手術

10%

開心手術

10%

綿球等

8%

鉗子類

5%

メス

1%

チューブ類

3%

鏡視下手術

6%

不明

2%

開腹手術

34%

ガーゼ

55%

手術中

12%

退院まで

50%

その他

18%その他

18%

手術室退室まで

8%

退院後

28%

不明

2%

日本医療機能評価機構医療事故防止事業部:医療事故情報収集等事業第15回報告書より

る。2013年に改訂された日本手術医学会の「手術医療の実践ガイドライン」の「患者急変時の連携」にも、指揮系統や応援体制に関して記載されている(表5)。緊急時の対応は実務経験を積むことが難しいため、訓練やシミュレーションが有効となる。横浜市立大学附属病院では多部署合同で、大量出血、アナフィラキシー、換気困難症例などの緊急時対応訓練を行ってきた。シミュレーターを使用し、日常的でない手技の実施や機器の操作を行うことで、スタッフ個々のスキルアップになるだけでなく、手術チーム・手術部としての動き方の疑似体験学習も可能となる。また、このような訓練時に、ブリーフィングやデブリーフィングを多職種で行うことは、チームトレーニングとして効果的である。

手術安全とテクノロジー

手術医学の進歩は医療機器の進歩と切り離すことができない。日本で初めて腹腔鏡下胆嚢摘出術が行われたのは 1990 年であるが、その後数年でさまざまな内視鏡手術が行われるようになった。これには、カメラ、自動吻合器、エネルギーデバイスなどの医療機器の進歩が大きく貢献している。たとえば、自動吻合器による回腸端々吻合は手縫い吻合と比較して縫合不全リスクが少ないという報告 4 )や、双極型電気血管閉鎖装置(LigaSure)は手術時間を短縮し出血量も減少するという報告 5 )、新しいハンドピースの登場により肝切除の術式が変化し出血量や輸血症例が減少したというエビデンス 6 )もある。

こういった新しい技術を患者に提供するときには事前に技術トレーニングを行う必要があるため、多くの教育機関・医療施設で

は内視鏡手術のシミュレータートレーニングを取り入れ、日本内視鏡外科学会では技術認定制度をおくことにより術者の技術レベルを担保している。

手術室での外科テクノロジー関連のエラー・有害事象についての28 研究の系統的レビュー 7 )では、「 1つの手術あたりのエラーは15.5回(観察者による研究)で、そのうち機器・機械に関するエラーは 23.5%であった」としている。つまり、1つの手術で機器・機械に関するエラーが 3~ 4 回起こっているということである。その原因は、機器手配の問題が37%、配置・設定の問題が43%、作動の異常が33%であるが、機器手配や配置・設定の問題はヒューマンエラーによるものなので回避することが可能である。

エラーの回避として、術前チェックリスト、ブリーフィング、スタッフトレーニングプログラムの使用があげられるが、それらの導入により機器・機械関連エラーでは平均48.6%減少するといわれている。さらに、チェックリストの項目に機器チェックを加えると平均60.7%エラーが減少するといわれている。

新しい安全の概念;Safety-ⅠとSafety-Ⅱ

従来、安全は「偶発的障害がないこと」(AHRQ* 7 )、「医療に関連した不必要な害のリスクを許容可能な最小限の水準まで減らす行為」(WHO)と定義され、「悪い結果を避けることを目指す」ことを目標とし、「事故やインシデントなどの原因を探り、原因を取り除くことで再発を防止する」ことが安全管理であった。このような安全の考え方を近年「Safety-Ⅰ」と呼ぶ。それに対して、新しい「Safety-Ⅱ」という概念では、「安全とは条件が変わっても成功を実現する能

力」と定義される。たとえば手術を例にとると、同じ術式を

行っても、症例によって経過はさまざまで、順調な症例とそうでもない症例が混在するであろうが、ごくまれに許容範囲から外れた悪い結果を生じることがあるかもしれない。Safety-Ⅰでは、この許容範囲を外れた原因を見出して排除するという対策をとるが、この場合、成功の原因と失敗の原因が異なることが前提となる。しかし悪い結果となった手術に、明らかな失敗の原因が存在するとは限らず、普段と同じように手術を行ったのに結果が悪かったということもあるはずである。この場合、ほとんどの症例で許容範囲内の結果を出しているのは、変化するさまざまな状況(患者個々の重症度や合併症、手術スタッフの経験値、環境など)に手術チームが対応しているためであるという事実に着目し、「状況が変化してもそれに対応して結果が落ち込まないようにする」ためにはどうすればよいかという着眼点が必要になる。それがSafety-Ⅱの考え方である。

医療はさまざまな状況変化に対応して期待される成果を出さなければならない業務である。Safety-Ⅱでは、安全管理の目的を「状況変化への対応能力を高めること(事前の備え、最中の対処、受けた影響からの回復)」ととらえる。Safety-Ⅱのキーワードとなるのがレジリエンス(復元力、回復力)であり、これには①何かが起きたときに反応できる、②状況モニターし何が重要かを理解できる、③予測ができる、④学習ができる(失敗と同様、成功からも学ぶ)という 4つの能力を含む。この 4つの能力を医療者個人がすべて兼ね備えることは困難であり、チーム医療においてはチームメンバーが補完的に役割を果たすべきである。そのためには、個人のトレーニングだけでなく、今日話題としてきた手術安全チェックリストの活用やコミュニケーションの強化や緊急時対応訓練などを含め、チームトレーニングやチームのモニタリングを行うことによるチーム力の強化が重要となると考えられる。

四肢手術

11%縫合針

10%

表5 「手術医療の実践ガイドライン」の「患者急変時の連携」

1.外回り看護師または麻酔科医は躊躇なく緊急コールをかけ、人手を集める。2.統括指揮者を明確にする。統括指揮者は状況を把握し、手術継続の可否や対応につい

て判断を行い、各スタッフの役割について指示を出す。3.大量出血時には、輸血部門、検査部門に状況を伝え、危機意識を共有する。必要に応

じて血管外科、臨床工学技士への応援を要請する。

ドレープとの間に温かい空気の対流が生まれ患者を包むように加温します。

・術野へのアクセスが容易・広範囲な体表面の加温が可能・準備が簡単

アンダーボディブランケット特徴 3MTM ベアーハガーTM ペーシェントウォーミングモデル775

3MTM ベアーハガーTM アンダーボディブランケット 砕石位用 モデル585

Q & A シリーズ(1~3) 効果的に、かつ安全に製品をご使用いただくために、Q&Aシリーズをご用意しています。

3MTM ベアーハガーTM 体温管理製品の詳しい情報は

http://www.mmm.co.jp/hc/pw/index.html/体温管理製品

*7 AHRQ:Agency for Healthcare Research and Quality,医療品質研究調査機構

4) Choy PY, et al : Stapled versus handsewn methods for ileocolic anastomoses. Cochrane Database Syst Rev, 7(9), 2011.5) Takiguchi N, et al : Multicenter randomized comparison of LigaSure versus conventional surgery for gastrointestinal carcinoma. Surg Today, 40(11) : 1050-1054, 2010.6) Gotohda N, et al : Surgical outcome of liver transection by the crush-clamping technique combined with Harmonic FOCUS™. World J Surg, 36(9) : 2156-2160, 2012.7) Weerakkody RA, et al : Surgical technology and operating-room safety failures ; a systematic review of quantitative studies. BMJ Qual Saf, 22(9) : 710-718, 2013.

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