IFRS - PwC...2013年 台湾 アドプションの具体的な計画のない国 米国...

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Transcript of IFRS - PwC...2013年 台湾 アドプションの具体的な計画のない国 米国...

  • Greetings01 内田士郎 プライスウォーターハウスクーパース コンサルタント 代表取締役社長

    Feature

    02 IFRS 経営に与えるインパクト ──企業は何を準備すべきか

    04 会計基準の最前線 ──世界の動向と日本の役割 山田辰己氏 国際会計基準審議会 理事

    08 IFRS適用によって求められる 経営者の意識改革と会計 木内仁志 あらた監査法人 IFRSプロジェクト室リーダー

    12 IFRS導入上の課題と対応スケジュール 山本浩二 プライスウォーターハウスクーパース コンサルタント パートナー

    White Paper

    16 気候変動への対応 ――成功へのチャンスと見るか、単に生き残るか? サミュエル・A・ディピアザ 【監修】寺田良二 あらた監査法人 サステナビリティサービス ディレクターWind

    20 5%の「いざという時」 その時に自分の力を100%発揮できるかどうかで、 勝負は決まる 為末 大氏 プロ陸上競技選手(400mハードル)Solution 1

    24 人件費削減と雇用の維持を両立する経営 ――ワークフォースマネジメントの活用 中鉢浩和 プライスウォーターハウスクーパース コンサルタント パートナー/HRMソリューション統括Solution 2

    26 欧州ビジネスストラクチュアとサプライチェーンの再構築 ̶̶グローバルSCMの最適化による コスト低減とタックスマネジメント 木村弘美 プライスウォーターハウスクーパース コンサルタント ディレクター 天野史子 税理士法人プライスウォーターハウスクーパース シニアマネージャーNews

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    Contents

    Insight(インサイト)本誌では、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)のグローバルに広がる153カ国、15万5000人以上のプロフェッショナルネットワークを活かし、現場から得られる最新のビジネス情報をご紹介致します。企業が直面する経営課題を解決するため、読者がインサイト(洞察・識見)を得る機会の一助となることを願い、この誌名に表現しています。

    p.4

    p.20

    読者の皆様へ

     このたび弊社はプライスウォーターハウス(PwC)のグローバルネットワーク

    に加入し社名変更したことに伴い、弊社広報誌である「オンコース」を誌

    面改め「Insight(インサイト)」として新創刊いたしました。

     今号では、「IFRS 経営に与えるインパクト」を特集に取り上げ、国際会

    計基準審議会(IASB)の山田辰己理事にご登場いただき、世界に貢献

    する日本を目指したIFRS導入への経緯や想いについて語っていただきまし

    た。また、当社と同じPwCメンバーファームである、あらた監査法人 IFRS

    プロジェクト室リーダーの木内仁志の寄稿も掲載しております。経営者や次

    世代リーダーの皆様が、IFRSを“経営革命”のひとつと捉え、取り組まれ

    るべくヒントとしてお役に立てれば幸いです。

     プライスウォーターハウスクーパース コンサルタントは、世界153カ国、15

    万5000人のプロフェッショナルネットワークを活用することにより、今まで以上

    にお客様へ広範なサービスと、多くの培われたナレッジを提供してまいる所

    存です。

     本誌が、皆様の日常のビジネスに、何かしらの一助となればと切に願っ

    ております。今後とも皆様の変わらぬご愛顧とご支援を賜りますよう、心より

    御願い申し上げます。

     2009年 9月

     プライスウォーターハウスクーパース コンサルタント株式会社

     代表取締役社長 内田士郎

    ■プライスウォーターハウスクーパース コンサルタントの紹介プライスウォーターハウスクーパース コンサルタント株式会社は、大手ビジネスコンサルティング会社であり、世界153カ国に15万5000人以上のスタッフを有するプライスウォーターハウスクーパース(PwC)のメンバーファームです。約1200人のプロフェッショナルが、クライアントの経営課題を解決するため、経営戦略の策定から実行まで、そのクライアントにとってベストなソリューションを総合的に提供しています。クライアントの戦略を理解し、それを共に実現していく「戦略実現コンサルティングファーム」を目指し、企業を多面的にサポートしています。(2009年5月べリングポイント株式会社から社名変更)

    Greetings

    InsightClient Newsletter from PricewaterhouseCoopers Consultants VOL.1 2009

  • 2 Insight Insight 3

    IFRSFeature

    経営に与えるインパクト――企業は何を準備すべきか

    世界110カ国以上で採用が決まっている会計基準、それがIFRS(国際財務報告基準)だ。IFRSを採用する国は、今後さらに増えていく傾向にあるが、日本ではまだ強制適用されていない。このような状況の中、2009年6月30日に、金融庁企業会計審議会はIFRS適用のための日本版ロードマップである「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」を公表した。日本がIFRSの採用(アドプション)に向けた第一歩を歩み始めたのである。日本版ロードマップによれば、上場企業に対するIFRSの強制適用は2012年を目途に決定される。IFRSの強制適用が決定されれば、上場企業は日本基準に基づく単体財務諸表に加えて、新たにIFRSに基づく連結財務諸表の作成が必要となる。海外投資家が東京市場を動かしている今日、グローバルに事業を展開している企業のみならず、日本国内を主戦場とする企業でさえも、IFRS対応は避けて通れないのである。

    ● IFRSを強制適用しているまたは容認している国(地域) EU、オーストラリア、南アフリカ共和国など100カ国以上

    ● IFRSの適用を予定している国 2010 年 ブラジル 2010 年 日本(任意適用開始、強制適用は2012 年に決定) 2011 年 カナダ、韓国 2012 年 インド(3月期) 2013 年 台湾

    ●アドプションの具体的な計画のない国 米国 ロードマップ案公表中 シンガポール 2012 年までにフルコンバージョン

  • グローバル化に伴い世界110カ国以上がIFRS採用へ

     EUが2005年から統一金融市場の会計

    基準としてIFRSを採用したのをきっか

    けに、世界中でIFRS採用の動きが広がっ

    ています。

     興味深いことに、EUの決定に直ちに

    反応したのがオーストラリアとニュー

    ジーランドでした。中国も2007年から

    の適用を決めました。中国は自国基準に

    書き直しているので、品質の同等性につ

    いて指摘する声もありますが、形として

    はIFRSに近いものになっています。

     さらに韓国、カナダ、ブラジル、イン

    ド、イスラエル、シンガポール、台湾が

    2010~13年の採用を公表しています。

     自前で基準を設定する力が不足してい

    る国にとって、IFRSを採用すれば、自国

    のイメージや財務諸表の品質に対する信

    頼を醸し出せるというメリットがありま

    す。そのため途上国での採用が加速化し、

    110を超える国が導入を決めています。

     アメリカが2007年11月に外国登録企

    業に対して調整表なしでのIFRSの利用

    を認めたことも追い風となりました。

     アメリカでは内部統制の評価やディス

    クロージャーを強化するサーベンス・オ

    クスリー法(SOX法)を導入後、ニュー

    ヨーク証券市場での資金調達コストが高

    くなってしまい、上場を取り止め、EU

    市場にシフトする企業が出てきました。

    そうした企業を引き留めるために、ア

    メリカも自国基準に固執していられなく

    なったのです。

    金融危機で消極姿勢に転じたアメリカの逡巡

     今後の論点はアメリカ企業へのIFRS

    適用です。現状のように同一市場で複数

    の基準を並存させると、比較可能性の低

    下と投資家に対する負担が生じます。米

    国基準とIFRSの両方を把握し、差異を

    比較したうえで意思決定するのは、投資

    家にとって大きな負担となります。

     また、世界中に多数の子会社を持つ

    多国籍企業の場合、IFRSに対する潜在

    的ニーズがあります。子会社が用いて

    いるIFRSを米国基準に変えるコストと、

    本社がIFRSに変えるコストを比べれば、

    後者のほうがはるかに安いわけです。

     こうした状況を踏まえて、2002年か

    ら米国基準とIFRSとのコンバージェン

    ス(共通化・収斂)が進められてきまし

    た。これによって大きな差異がなくなれ

    ば、米国基準からIFRSへ円滑に移行で

    きると、SEC(米証券取引委員会)は

    考えています。

     ただ少し気がかりなのは、メアリー・

    シャピロSEC委員長が2009年1月に、

    IFRSに関して消極的な発言をしたこ

    とです。金融危機の根が深く、SECに

    とってIFRS問題の優先順位はさほど高

    くありません。傷ついたアメリカ企業に、

    IFRS導入にかかる追加コストを求めに

    くいという事情もあるのでしょう。

     それでも、世界経済のグローバル化に

    対応して、企業の業績を測る物差しの標

    準化が必要なことは明白です。アメリカ

    は高い品質のIFRSと投資家保護という

    2つの点で、IASBの活動に影響力を行

    使したいはずです。

     いずれ世界経済は回復します。多少の

    遅れはあるかもしれませんが、最終的に

    アメリカもIFRS導入に向かうと、私は

    考えています。他に選択肢はありません。

    金融庁の慧眼が光ったIFRS採用ロードマップの決定

     日本では、2009年6月に企業会計審

    議会がIFRSアドプション(採用)に関

    する中間報告(ロードマップ)を公表し

    ました。中間報告によると、2010年3

    月期からIFRSの任意適用が可能となり、

    2012年頃に決定が行われると強制適用

    は2015~16年頃から始まると見込まれ

    ています。

     ここ1~2年で急展開しているように

    見えるかもしれませんが、国際ルール適

    用への流れは1990年代からありました。

    橋本龍太郎首相(当時)が提唱した日本

    の金融市場の改革に端を発します。

     日本の行政府として初めて「国際的な

    会計基準の最前線――世界の動向と日本の役割

    山田辰己 Tatsumi Yamada

    国際会計基準審議会 理事

    PROFILE1976年慶応義塾大学商学部卒業。その後、住友商事、中央青山監査法人を経て、2001年4月より現職。国際会計基準審議会理事。公認会計士。税制調査会委員

    IFRS(国際財務報告基準)が世界で注目を浴びている中、今後の強制適用をにらみながら、企業への導入について不安を感じている関係者も多いだろう。IFRSを取り巻く世界情勢、日本の立場と果たすべき役割、日本企業がIFRSに移行する際の考え方など、唯一の日本人として、IFRS設定機関であるIASB(国際会計基準審議会)にて基準の標準化に取り組まれている山田辰己理事に、これまでの経緯や思いも含めてIFRSの最前線についてお話をうかがった。

    4 Insight Insight 5

    金融市場となるためには、世界で通用す

    るルールを日本の金融市場でも通用させ

    なくてはならない」という強烈なメッ

    セージを打ち出したのです。

     その結果がいわゆる会計ビッグバンと

    なり、IFRSと米国基準のよい部分を採っ

    て日本の会計基準が改定されました。今

    回のIFRSをめぐる議論も、その延長線

    上にあると考えられます。

     アメリカが逡巡している時に、日本が

    IFRS採用という方向性を明確に掲げた

    ことは、金融庁の慧眼と言えます。

     世界第二の経済大国の決定には大きな

    影響力があります。アメリカの背中を押

    しましたし、中国も自国基準に書き直し

    ていては信頼が得られないと悟り、アド

    プションに向けて準備を始めました。日

    本は、会計基準が国際的に1つになって

    いく流れに大きく舵をきる貢献をしたと、

    私は思っています。

    世界で貢献するためにはIFRS設定に積極的な参加を

     これからの日本が果たすべき役割は

    IFRSの設定に貢献することです。外野

    からモノを言っていても何も始まりませ

    ん。IFRSという船に乗ったうえで、意

    見を言うことが大切です。

     IFRSの設定は、独立した個人の専門

    家で構成されるIASBが行っています。

    各国の代表という立場をとらないのは、

    e a t u r eF

  • 6 Insight Insight 7

    国などの利害に妥協せずに、高品質な基

    準をつくるためです。

     IASBはヨーロッパの組織だと思って

    いる方が多いかもしれませんが、決して

    EUの言いなりになっているわけではあ

    りません。EUはIFRSの最大の利用者で

    あり、その地位を利用してIASBにさま

    ざまな要求を突きつけてきます。国際的

    な観点でルールづくりを行うIASBとは、

    常に緊張関係にあります。

     2009年1月、IASBのボードメンバー

    数が14人から16人へと増やされるとと

    もに、地域割りが導入されました。これ

    は、世界各国に使ってもらう以上、各

    地域の声を聞けるような配分にしないと、

    受け入れてもらえないからです。

     北米4人、ヨーロッパ4人、アジア4

    人、アフリカ1人、ラテンアメリカ1

    人、残り2人は地域を問いません。アジ

    アは当初、日本とオーストラリアでした

    が、中国とインドが加わりました。

     これまでの貢献や現在の経済力を考え

    ると、日本から2人参加したいところ

    です。金融庁がIFRS採用を決めたこと、

    世界基準をつくる枠組みを強く支援して

    いることから、この悲願はおそらく実現

    されるだろうと思います。

    IFRSを理解するためには地球規模で考えるパラダイムシフトを

     IASBで貢献するためには、日本独特

    の考え方を植えつけようという狭い考え

    方に捉われていてはいけません。世界の

    秩序や標準をつくるために、日本人の経

    験と英知をどう反映させられるかを考え

    ていくことが重要です。

     ボードに2人参加した暁には、そのう

    ちの1人にはぜひIASB議長を目指して

    もらいたいと思います。欧米の利害が対

    立する時に、第三極であるアジアからの

    議長がいれば、調整が図りやすく、大き

    な貢献ができます。現時点では荒唐無稽

    に聞こえるかもしれませんが、日本はそ

    ういう人材を輩出する力や可能性が十分

    にある国です。

     議長を出すという目標を掲げれば、国

    際的な議論をさばける、日本の利害だけ

    に拘泥しないなど、人材選びの基準も明

    確になります。特に大手監査法人は、英

    語力があり、国際的な視野を持った優秀

    な人材を育ててほしいと思います。

     IFRSの設定において、日本は3つの

    点に注意しなくてはなりません。

     まず、世界の統一基準になることは必

    然的に政治性を伴うということです。各

    国の力関係によって、妥協せざるをえな

    い場面も出てきます。

     2点目は、世の中に多様な考え方があ

    り、傷み分けの可能性もあることです。

    たとえば、日本やアメリカでは当期純利

    益を重視していますが、EUには包括利

    益で十分だという考えもあります。現行

    のIFRSを用いた財務諸表の中には当期

    純利益を経由しないものもあります。

     こうした場合に、日本の考えがすべて

    通るわけではなく、常に100%の勝利は

    難しいことを理解しなくてはなりません。

     3点目は、日本が、今後もIASBの会

    計基準の設定に深く関わり、世界に向け

    て正鵠を得たメッセージを発信するため

    には、世界の政治情勢や最新情報を的確

    に把握し、共有しなくてはならないこと

    です。

     世界情勢をめぐる情報をまったく欠い

    たまま一方的に批判するやり方は、国際

    的に見ると非常に滑稽に映ります。世界

    を納得させるためには、日本という小さ

    なマーケットに拘らず地球レベルで考え、

    先を見据えた議論が必要です。

     これは大きなパラダイムの変化を意

    味します。金融庁、ASBJ、日本経団連、

    経営者、経理担当者、さらには会計士も、

    視点を変えていかなくてはなりません。

    日本企業にとってIFRSは恐るるに足らず

     最後に、個々の企業がIFRSを導入

    する時の注意点に触れたいと思います。

    IFRS適用は負荷の大きかったJ-SOXの

    再現ではないかと危惧しているかもしれ

    ませんが、恐れることはありません。

     日本の会計基準はすでに8~9割は

    IFRSと同じなので、テクニカルな面で

    驚くことはほとんどないはずです。

     もちろん、大企業は連結グループ内で

    マニュアルを整備したり、四半期決算の

    ために迅速な会計処理へと統一したり、

    IT面の対応などが必要になるでしょう。

    しかし、J-SOXの経験を活かして、経

    営の効率化と結びつけながら導入コスト

    を抑えていけるはずです。

     問題があるとすれば、IFRSのベース

    となっている考え方を理解することで

    しょう。基準が出来上がった趣旨や背景

    をきちんと理解する必要があります。

     また、IFRSの原則の重要な部分を正

    しく理解し、それを経営トップに咀嚼し

    て伝えられるような人材が必要になりま

    す。各社に少なくとも1人、IFRSに精

    通する人材を育成するとよいでしょう。

    原文は英語で書かれているので、理解す

    るための英語力は必須と言えます。

    IFRS採用で試される企業の意思決定力と経営思想

     IFRSは原則主義を採っていて、日本

    基準のように細かいガイダンスは設定し

    ていません。そのため、判断に迷う場面

    も出てくるはずです。

     その場合、企業は会計士に頼るのでは

    なく、IFRSの基準を読み込んで趣旨や

    背景を理解したうえで、今直面している

    問題をどのように会計処理するか、自ら

    意思決定しなくてはなりません。会計処

    理をめぐって、経営者の方針や判断力が

    試されるわけです。

     たとえば、金融商品の会計基準の中で

    持ち合い株の特例に関する議論がありま

    す。国際的に、日本的な持ち合いは長期

    的な営業関係をつくるための戦略投資と

    して認められつつあり、特別な取り扱い

    が必要だという議論にいたっています。

     つまり、上場株に投資していても短期

    的な株価の上下を指標に判断すべきでは

    なく、時価の変動はOCI(その他包括利

    益)に入れて、当期純利益に反映させな

    い、という考え方です。

     だとすれば、売却した時も当然、当期

    業績には影響させてはならないはずです。

    当期に損失が出たから、持ち合い株を売

    却して業績をよくしたり、買収防衛の脅

    威がなくなったので売却して益出しする

    といったやり方は、利益操作と見なされ

    ても仕方ありません。持ち合い株は、い

    かようにも使える融通無碍なものであっ

    てはなりません。ここは経営者の志が問

    われる部分だと思います。

     会計基準が原理原則のみを示している

    ため、当面は解釈において多様性が出て

    くるのは避けられません。業界内の標準

    的な会計処理の確立に向けて、多様な解

    釈を収斂させていくプロセスを経るのだ

    と思います。

     このプロセスでは、たとえば、アナリ

    ストが業界レベルで財務諸表を比較して、

    同じ状況下で異なる会計処理が行われて

    いるのはなぜか、経営者の判断がどう違

    うのか、と問いただすといった取り組み

    が欠かせません。

     最後に、IFRSのポジティブな側面に

    も目を向けていただきたいと思います。

    今後は、IFRSさえ知っていれば、世界

    中の財務諸表が読めるようになります。

    世界中に多数の子会社を持つ大企業は、

    子会社の財務諸表がすべてIFRSで統一

    されれば、チェックも容易にできるよう

    になるのです。会計士や経理担当者は

    IFRSを知っていれば、世界中のどこで

    も会計の専門家として就職し、国際舞台

    で活躍することができます。

     貿易立国である日本にとって、基準の

    標準化は決してマイナスではありません。

    国際ルールを用いて業績を表示すれば透

    明性が増し、日本企業の活動に対する信

    頼が高まります。そのためにも、IFRS

    は必要なインフラなのです。企業の方々

    には、IFRSの導入に積極的に取り組ん

    でいただければと思います。    I

    F e a t u r e

  • IFRS適用が経営に与えるインパクト

     IFRSが企業経営に与えるインパクト

    は、大きく2つに分けられる。1つは対

    外的なインパクト、もう1つは対内的な

    インパクトである(図表1)。

    ❶対外的なインパクト

     対外的なインパクトとは、企業のス

    テークホルダーにどのような影響を与え

    るかである。企業のステークホルダーに

    はさまざまな主体があるが、企業の状態

    を会計という道具を使ってステークホル

    ダーに説明するということに論点を絞る

    と、ステークホルダーとして考慮すべき

    主体は図表2のようになる。これらのス

    テークホルダーの中で、企業にとって最

    も配慮が求められるのは、企業経営の血

    液である資金の出し手である投資家/株

    主、および金融機関である。

     それでは、投資家/株主、あるいは金

    融機関にとって、IFRSの適用はどのよ

    うな意味を持つのであろうか。昨今、投

    資家や金融機関の投資活動/融資活動は、

    企業の経済活動に伴いグローバル化して

    いる。すなわち、投資先や融資先は日本

    企業に限らず広くグローバル単位で検討

    されるのである。そして、投資家や金融

    機関が投資先や融資先を選定する際には、

    当然企業の財務諸表を参考にする。

     ここで、日本企業だけが他国とは異な

    る自国基準での財務諸表を作成していた

    ら、日本企業は選定の候補にすら挙がら

    ない可能性が出てくる。しかし、日本企

    業もIFRSを適用していたら、他国企業

    との「比較可能性」が確保される。その

    結果、投資家や金融機関の選定候補から

    漏れる事態は避けることができる。ある

    いは、早期にIFRSを適用することでよ

    り早い段階でグローバルな投資活動/融

    資活動の対象となる。

     ところで、IFRSは「原則主義」によ

    る基準だと言われる。詳細な規定を定め

    ている部分もあるが、IFRSは原則的な

    考え方だけを示している規定が多い。こ

    れは、企業は自社の状況に照らして具体

    的な会計処理を自ら決定しなければなら

    ない、ということを意味する。また、な

    ぜその会計処理を採用したのかを、注記

    等を用いて説明する必要がある。さらに

    他にも多くの注記による開示が求められ

    ている。その結果、IFRSに従った財務

    諸表は「透明性」が高いものになるので

    ある。

    「比較可能性」と「原則主義」による

    「透明性」といったIFRSの特徴から、投

    資家や金融機関は、投資判断/融資判断

    をしやすくなるのだ。すなわち、グロー

    バルに存在するさまざまな投資家や金融

    機関からの投資や融資を受けやすくなり、

    資金調達の柔軟性が確保されるのである。

    このように、IFRS適用による対外的な

    インパクトとして代表的なのは、資金調

    達の柔軟性確保と言えるだろう。

    ❷対内的なインパクト

     対内的なインパクトとは、IFRSの適

    用が業務プロセスやシステム、あるいは

    経営管理といった企業内の活動にどのよ

    うな影響を与えるかである。

     IFRSという、これまでの日本基準と

    異なる会計基準を適用しようとするのだ

    から、当然異なる会計処理が必要となる。

    異なる会計処理を実現するには、従来と

    は異なる勘定科目を用いる、あるいは同

    じ勘定科目に計上する場合でも異なるタ

    イミングで計上する、場合によっては従

    来管理されていなかった数値を管理して

    計上したり、計上額の算定根拠を新たに

    用意する等の必要性が生じる。すなわち、

    会計に直接的あるいは間接的にかかる業

    務プロセスを変革する必要性が出てくる

    のである。場合によっては、会計システ

    ムやその周辺システムの改修を伴う大き

    なインパクトになるだろう。

     また、対内的なインパクトは財務数値

    をつくりだす業務プロセスやシステムに

    留まらない。IFRSの適用は、グローバ

    ルで共通の会計基準を用いることを意味

    する。グローバルに事業を展開する企業

    にとっては、海外子会社を含めたグロー

    バル全体で共通の会計基準を適用するこ

    とになる。

     現在、グローバル企業であっても、国

    IFRS適用によって求められる経営者の意識改革と会計

    木内仁志 Hitoshi Kiuchi

    あらた監査法人IFRSプロジェクト室リーダー代表社員

    PROFILE公認会計士。2008年よりPwC Japan IFRSプロジェクト室リーダーとしてIFRSアドバイザリー業務に従事するほか、海外上場アドバイザリー業務、国内大手米国上場企業の監査、US-SOX/J-SOX監査およびアドバイザリー業務などに関与。

    いよいよIFRSが自国会計基準として認められる時代が来た。すなわち、多くの企業にとって、いかにしてIFRSを自社に適用すべきかを具体的に検討すべき時期が来たのである。そして、自社への適用を検討するにあたっては、まず自社の経営へのインパクトを把握することから始める必要がある。本稿では、IFRS適用によって企業経営に与えるインパクトと、経営者に求められる意識改革について解説する。

    8 Insight Insight 9

    図表2◉IFRSに関連するステークホルダーの例

    ごとに異なる会計基準を適用して会計処

    理しているケースは多いだろう。日本

    企業であれば、各国基準の財務数値を

    各子会社で独自にIFRS(または米国基

    準、日本基準)に変換して親会社に報

    告し、親会社ではそれらの数値をそのま

    ま使用して連結財務諸表を作成している

    ケースが多いはずだ。この場合、各子会

    社でIFRSに変換するための判断の負担

    が大きくなり、グループ全体で見ればコ

    ストの増加に繋がる可能性がある。しか

    し、海外子会社を含めたグローバル全体

    でIFRSベースのグループ会計マニュア

    ルを適用すれば、少なくとも連結決算に

    おけるコンバージョンの負担は軽減され

    る。そもそもIFRSでは同一の取引に同

    一の会計処理を求めているため、グルー

    プ会計マニュアルの作成は、業務をス

    ムーズに行ううえで必須と言える。

     さらに、グループ会計マニュアルを適

    用すれば、各子会社間で横並びの比較が

    できるようになる。また、グループ会計

    マニュアルを作成することになり、経理

    業務の標準化を達成させることができる。

    図表1◉IFRS適用における影響分析

    •IFRSの任意適用が 認められる•IFRSの強制適用が 決定される (日本では未決定)

    •IFRS適用に向けた 準備

    •IFRS適用の影響分析•IFRSの適用時期と 適用方法の検討

    対外的なインパクト

    対内的なインパクト

    IFRSに基づく財務情報

    金融機関 社会

    監査人 規制当局

    投資家株主

    従業員

    企業

    投資判断

    業績評価

    企業評価融資判断

    監査 検査/監督

    F e a t u r e

  • 10 Insight Insight 11

    業務が標準化されれば、シェアードサー

    ビスの促進等によって、経理業務の効率

    化が図れるだろう。このようなIFRS適

    用のメリットを享受するために、経営管

    理制度の改革、勘定科目体系の共通化、

    さらには会計システムの統一化等を図る

    企業も出てきている。

     対内的なインパクトは各企業が、

    IFRS適用に際してそのメリットをどこ

    まで追求するのかによって、大きく異な

    る。メリットの追求には、一時的なコス

    トあるいは投資を伴うため、企業には自

    社が何をどこまで改革することが適切な

    のかを見極めることが必要とされる。

    IFRSと日本基準の差異の例

     前項では、IFRSの適用が企業に与え

    るインパクトを見てきたが、当然ながら

    その基になっているのは会計基準として

    の違いである。ここでは、その代表的な

    4つの領域について、日本基準とIFRS

    との違いを紹介する。

    ❶収益認識

     日本の会計基準では、物やサービスを

    買い手に譲渡することによる売上、つまり

    収益は「実現主義」によって認識される。

    実現主義とは、企業が売り先に対してそ

    の財貨または役務を提供し、その対価(小

    切手、受取手形、売掛金等を意味する)

    の取得により収益を計上するものであり、

    税法等を参考にしながら、出荷時や納入

    時に収益を計上している企業が多い。

     これに対してIFRSでは、リスクと経

    済的な便益が売り手から買い手に移転す

    る時に収益を計上する。このほか、収益

    を認識するためには図表3の要件を満た

    すことが必要とされている。ただし、収

    益認識にかかる基準は将来変更される予

    定となっている。2008年12月には、改

    訂に向けたディスカッションペーパー

    (一般から広くコメントを求めるための

    検討案。以下「DP」とする)が公表さ

    れ、DPに対するコメント期間も今年の

    6月に終わった。

     DPによると、契約時に、契約上の権

    利、すなわち売り手の立場では物やサー

    ビスを提供した際の対価の請求権を資産

    として、契約上の義務(物品、サービス

    等の提供義務)を負債として認識し、そ

    の差額が財政状態計算書(日本における

    貸借対照表)で表示される。収益の認識

    は、契約で定められている義務が履行さ

    れた時とされている。

    ❷研究開発費

     現行の日本基準に従うと、研究開発費

    は全額費用に計上される。一方、IFRS

    では研究開発費のうち収益の獲得に直接

    的に貢献する開発費は資産に計上しなけ

    ればならない。すなわち、以下の6つの

    基準を満たす開発費については資産計上

    されることになる。

    ①無 形資産を完成させることの技術的な

    実現可能性

    ②無 形資産を完成させるという、企業の

    意図

    ③無形資産を企業が利用/販売する能力

    ④無 形資産が将来の経済的便益を生み出

    す仕組み

    ⑤開 発を完了させるための十分な資源の

    利用可能性

    ⑥開 発過程にある無形資産に帰属する支

    出を、信頼性をもって測定する能力

     研究開発費に関しては、そもそも研究

    プロセスと開発プロセスとを分けて考え

    るという発想が日本にはなかった。その

    ため、IFRSの適用、すなわち開発費を

    資産計上するには、研究開発業務のプロ

    セス管理を実現することから始めること

    になる。

    ❸リース会計

     リース取引は、たとえば日本基準には

    ファイナンスリースの認定基準〔リース

    料の現在価値が資産時価の90%以上と

    なるリース(90%ルール)、リース期間

    が資産の経済的耐用年数の75%以上と

    なるリース(75%ルール)を対象とす

    る〕が数値で存在するが、IFRSにはそ

    のような数値基準が存在しない等、実務

    上の細かな点で差異がある。しかし、実

    質的に現行の日本基準とIFRSとの間に

    大きな差異はない。

     ただし、このリース会計についても

    DPが公表されており、今後改訂が予想

    される。改訂後のIFRSでは、リース資

    産の借り手の処理について、リース資産

    を使用する権利を資産として認識し、同

    時にリース料の支払義務を負債として認

    識することを求められることが想定され、

    ここにファイナンスリース、オペレー

    ティングリースの区別はない。すなわ

    ち、借り手はすべてのリース取引につい

    て、現在ファイナンスリースに適用され

    ている会計処理と同様の方法で資産およ

    び負債を計上することになる。

    ❹金融商品とデリバティブ

     金融商品の評価は、日本基準とIFRS

    の間にさまざまな差異がある。たとえば、

    売却可能金融資産の公正価値の変動から

    生じた評価差額の扱いについて、IFRS

    では全部純資産直入法(銘柄別の評価差

    益と評価差損を相殺した残額を、貸借対

    照表の純資産の部に計上する方法)で処

    理するのに対して、日本基準では部分純

    資産直入法(評価差益は純資産の部に計

    上するが、評価差損は当期の損失として

    損益計算書での純利益の計算に含める方

    法)が認められている等である。

     また、日本基準では有価証券とヘッ

    ジ手段ではないデリバティブについての

    み公正価値の開示が要求されているが、

    IFRSでは、すべての金融商品について

    公正価値の開示が要求される。

     昨今新聞紙上等で取り上げられること

    も多いが、金融商品の分類と会計処理

    に関してもIFRSが改訂される予定であ

    る。2009年7月に公表された金融商品

    の分類区分の見直し案では、すべての金

    融商品が償却原価で処理するものと公正

    価値で評価するものに区分され、公正価

    値で評価された結果生じる評価損益を当

    期損益として認識することを要求してい

    る。また、持ち合い株等営業政策上有し

    ている株式等については、当期損益では

    なくその他包括利益に計上する方法(日

    本の純資産の部へ直入する方法に類似す

    る)も認められている。

     しかし、この分類を選択した場合に当

    該株式から生じる配当や売却損益もその

    他包括利益に計上する等、日本の現在の

    会計処理慣行に大きな影響を及ぼしかね

    ない。これらの問題は日本の金融機関に

    も大きな影響を与える問題になるであろ

    うことが予想される。

    求められる経営者の意識と会計の役割

     前述した通り、IFRSの特徴の1つに

    「原則主義」がある。「原則主義」とは、

    規定では会計処理に関する原則的な考え

    方を示し、実際の会計処理は原則に基づ

    いて企業自らが決定する、という考え方

    である。

     これに対して、これまでの日本基準

    は「細則主義」と言われる。規定の中で、

    数値基準等が設けられ、企業が行うべき

    会計処理が定められているものである。

     原則主義を採るIFRSを適用する際、

    企業は会計処理を決めるとともに、なぜ

    そのような会計処理を採るのか、その理

    由を明確に有している必要がある。す

    なわち、どのような会計処理を行えば

    IFRSの趣旨を汲んだうえで企業の実態

    をより正確に投資家等のステークホル

    ダーに明確に伝えられるのかを検討して

    いく必要があるのだ。

     企業には、そもそもステークホルダー

    に対するアカウンタビリティ(説明責

    任)が課されている。そのアカウン

    タビリティを果たす道具が会計である。

    IFRSは、細かな規定に頼らずに、企業

    経営者がそのアカウンタビリティを果た

    すことを期待している会計基準とも言え

    る。ここに、経営者の意識改革の必要性

    が生じる。

     経営者は、自社の状況をステークホル

    ダーに伝える方法を自ら考える必要があ

    る。既定の規則に従って受動的に財務諸

    表を作成していればよいという時代では

    なくなるのだ。むしろ積極的かつ能動的

    にアカウンタビリティを果たすことを経

    営者自身で考えなければ、IFRSの財務

    諸表は作成できない。

     IFRS適用の準備段階では、企業は自

    社のすべての取引に対する会計処理の原

    則を定め、これを会計マニュアルとして

    取りまとめるという作業を行うことにな

    る。この会計マニュアルに経営者の判断

    が反映される。同じ業界の会社で、外見

    上は同じ取引を行っていたとしても、異

    なる会計処理につながることもある。こ

    れが経営者の判断の違いなのだ。

     これをもってIFRSが企業間の比較可

    能性を損なう基準だと言う人もいる。そ

    ういう意味では一理あるかもしれない。

    しかし、個別取引についての会計処理方

    法が企業によって異なっていても、会社

    の実態を最も正確に表現できる会計処理

    方法を経営者が選択して財務諸表を作成

    することにより、企業のディスクロー

    ジャーが透明性を高め、ステークホル

    ダーにとって有用な情報を提供すること

    につながる。

     IFRSの適用は単なる会計処理の変更

    に留まらない。経営者のアカウンタビリ

    ティに対する「意識の変更」が求められ

    ているのである。         I

    図表3◉IFRSにおける収益認識の要件

    1

    2

    3

    4

    5

    6

    7

    収益の額を、信頼性をもって測定することができること

    取引に関連する経済的便益が企業に流入する可能性が高いこと

    物品の所有に伴う重要なリスクおよび経済価値を企業が買い手に移転したこと

    物品に対して、所有と結び付けられる程度の継続的な管理上の関与も有効な支配も企業が保持していないこと

    取引に関して発生した、または発生する原価を信頼性をもって測定できること

    取引の進捗度を期末日において信頼性をもって測定できること

    取引について発生した原価および取引の完了に要する原価を、信頼性をもって測定できること

    すべての取引に共通の要件

    物品販売の場合の要件(1~5)

    役務提供の場合の要件(1、2+6、7)

    F e a t u r e

  •  本稿では、① IFRSの導入で企業が検

    討すべき課題、② IFRSを企業に導入す

    るためのアプローチ、③ IFRSの強制適

    用に向けた企業の対応スケジュールを解

    説する。

    IFRSの導入で企業が検討すべき6つの課題

     日本におけるIFRS適用(アドプショ

    ン)の影響の大きさは、今後のコンバー

    ジェンスの進展、会社法や税法等の制度

    改正、監査法人のファームポリシー、企

    業が定める対応方針によって変わる。し

    かしIFRSを適用すれば、企業の適正な

    財務諸表の作成と経営管理のあり方に影

    響を及ぼす。

     このとき、企業が検討すべき課題は、

    ①業務プロセス対応、②システム対応、

    ③組織対応、④内部統制対応、⑤教育制

    度対応、⑥経営管理対応の6つである。

    ❶業務プロセス対応

     IFRS導入後も適正な財務諸表を継続

    的して作成していくには、IFRSベース

    でグループ統一の会計基準を設定し、関

    連する解釈指針やガイドライン等の作成、

    業務プロセスとシステムの構築を行う必

    要がある。企業は引き続き、決算早期化

    を求められる。業務プロセスとシステム

    の見直しにあたっては、業務の効率化の

    視点も重要である。

    ❷システム対応

     IFRS導入後、企業は、日本基準に基づ

    く単体財務諸表に加えて、新たにIFRS

    に基づく連結財務諸表を作成する。この

    対応には2つの方法がある。1つは二重

    帳簿(2つの総勘定元帳)の仕組みによ

    る方法、もう1つは従来通り日本基準で

    総勘定元帳を作成し、IFRSに修正する

    ために必要な処理はExcel等表計算ソフ

    トで行うという方法だ。

     表計算ソフトを使った場合、システム

    対応上のコストは安いが、期首剰余金の

    繰り越し処理や遡及適用等で業務上の負

    荷がかかる。どちらの方法を採用すべき

    かは、これら業務上の負荷やコストに加

    えて、グループ各社の重要性も勘案した

    方がいいだろう。

    ❸組織対応

     IFRSをグループ全体の取り組みとし

    て進めるために、IFRSの考え方やルー

    ルを検討し、グループ全体に発信して

    いく部署としてIFRS推進室を設置する。

    また、IFRSに精通した経理スタッフの

    不足を補い、経理業務の効率化を目指し

    てシェアードサービスセンターの導入要

    否を検討する。IFRSに基づく連結財務

    諸表と日本基準で作成した単体財務諸表

    の財務分析を行い、適切なディスクロー

    ジャーをIR部署と連携して実施するこ

    とも必要である。

    ❹内部統制対応

     内部統制の有効性の評価は連結ベース

    で行われるため、IFRSに基づく連結財

    務諸表を作成すれば、評価対象となる重

    要な事業拠点が変わる可能性がある。ま

    た、連結財務諸表の作成にかかる決算財

    務報告プロセスと、グループ各社が連結

    財務諸表の基礎情報を作成するプロセス

    が新たに評価対象に加わるため、当該プ

    ロセスの内部統制の整備と文書化も必要

    となる。これらに対応するために、既存

    システムの改修や新システムを導入した

    場合には、システムに合わせたIT統制

    の評価が課題となる。

    ❺教育制度対応

     IFRSは原則主義の会計基準であるた

    め、企業はIFRSの概念フレームワーク

    と各基準書を理解したうえで、個々の取

    引ごとに自社に適したルールを設定する。

    「自社に適した会計処理とは何か」を自

    ら考えられる経理スタッフを育成するた

    めに、グループ企業の経理スタッフの

    教育体制を整備する。また、IFRSの適

    用(アドプション)後も日本基準は残り、

    国際的な会計基準と整合するようにコン

    バージェンスは続く。今後、経理担当

    者は、日本基準とIFRSのそれぞれの改

    正にキャッチアップしていくことが求め

    られる。これらの情報をタイムリーにグ

    ループ企業の担当者に対して伝達し、行

    動させる仕組みも必要である。

    ❻経営管理対応

     IFRS導入で、損益計算書中心の財務

    諸表から、資産・負債の評価が中心とな

    る財務諸表に変わる。従来、日本で主要

    な財務諸表数値とされていた当期純利益

    の他に、欧州で注目度が高い包括利益も

    加わるため、新たな経営指標が必要にな

    る。また、IFRSと日本基準の会計処理

    の違いから経営数値が変わる可能性もあ

    る。グループ各社から収集する財務数値

    はIFRSベースとなるため、予算管理や

    業績評価の基礎となる会計基準を整理す

    る必要が生じる。

    IFRSを企業に導入するためのアプローチ

    グループ統一会計基準の整備

     現行の日本基準でも、連結財務諸表の

    作成にあたっては、グループで統一した

    会計基準で行うことが求められている。

    しかし企業によっては、最近のコンバー

    ジェンスに合わせてグループ統一会計基

    準を見直す必要があるかもしれない。ま

    IFRS導入上の課題と対応スケジュール

    山本浩二 Kouji Yamamoto

    プライスウォーターハウスクーパースコンサルタントパートナー

    PROFILE公認会計士。証券アナリスト。大手監査法人を経て当社に入社。現在は、IFRS導入ソリューションをはじめ、内部統制コストダウン、ERMソリューション統括を務める。

    IFRSの適用は、海外を含むグループ企業を共通の会計尺度で評価できるなど、経営管理のあり方を大きく変える。その一方で、IFRSに対応するための業務とシステムにかかる企業の負担も少なくない。多くの企業では、IFRSの強制適用に備えてIFRS対応室などを設置し、IFRS導入の検討をすでに開始している。しかし、IFRSの強制適用が決まっていないこと、IFRS自体がまだ米国基準とコンバージェンスを続けていることから、具体的に何を検討してよいのかわからないケースも多いようだ。

    12 Insight Insight 13

    図表1◉IFRS導入における6つの課題

    た、必要な文書化を行っておらず、グ

    ループ各社にグループ統一会計基準が浸

    透していないケースもあるだろう。

    どの会計基準から検討すべきか

     IFRSと日本基準の会計基準の違いは、

    企業に2つのインパクトをもたらす。

     1つ目は「財務諸表に与えるインパク

    ト」。これは会計基準の違いが財務数値

    に影響し、経営上の判断に与えるインパ

    クトである。たとえば、商社では、業界

    慣行として、契約上、代理人として行わ

    れる取引も収益を総額で表示することが

    ある。しかしIFRSでは、実質的に代理

    人として行われる取引は、総額ではなく、

    手数料のみを収益として表示することが

    求められる。これは、企業の売上総額の

    減少を通じて経営上の判断に影響する。

     2つ目のインパクトは「業務とシステ

    ムに与えるインパクト」である。売り手

    が、物品を継続的に出荷する取引では、

    簡便的に出荷日をもって収益を認識する

    ことがある。しかしIFRSでは、売り手

    が物品の所有に伴う重要なリスクおよび

    経済価値を買い手に移転した時点、すな

    わち買い手による物品の検査が終了した

    時点で収益の認識が求められる可能性が

    ある。

     実際は、収益の認識のタイミングの判

    断は個々の取引ごとに実施する。しかし、

    業務プロセス対応

    アドプション影響の大きさ

    1システム対応

    2組織対応

    適正な財務諸表

    経営管理対応

    3内部統制対応

    4教育制度対応 予算策定

    予実管理業績管理

    5

    6

    コンバージェンスの進展

    監査法人のポリシー

    日本版ロードマップ

    企業の対応方針

    会社法・税法の改正動向

    コンバージェンス影響の大きさ

    F e a t u r e

  • 14 Insight Insight 15

    取引に関わる基本契約書がない、あるい

    は所有権やリスクの移転時点が不明確な

    場合は、重要なリスクおよび経済価値の

    移転のタイミングの判定が困難となる。

     また、買い手の検収時点を適時に把

    握できる場合でも、収益の認識を出荷

    日から検収日に変更するために、大幅

    なシステムの改修を必要とする場合があ

    る。システムの改修規模は、その対象

    範囲によっても異なるが、2年から3年

    は要するだろう。もし、これらの改修

    がIFRSの強制適用までに完了しなけれ

    ば、IFRSベースの財務諸表を作成でき

    ず、コンプライアンス上の問題となる。

    会計基準の違いによるインパクト分析

     財務数値に与えるインパクトを縦軸に、

    業務とシステムに与えるインパクトを横

    軸に置いて、グループ企業ごとにIFRS

    のインパクトを分析する。

     会計基準の違いによって、たとえば販

    売システム、固定資産システム等業務系

    システムの改修を必要とする場合、業務

    とシステムに与えるインパクトが大きく

    なり、対応には多くの時間を要する。こ

    れらのインパクトは、グループ企業が属

    するセグメントや業種・業態によって異

    なるため、当該分析はグループ企業ごと

    に実施する。

    初度適用に注意

     初めてIFRSを適用して財務諸表を作

    成するときは、IFRS第1号「国際財務

    報告基準の初度適用」への対応が必要と

    なる。この基準によれば、IFRS移行日

    (2015年3月期に強制適用であれば、

    2013年4月1日)の資産と負債を、過

    去に遡ってIFRSを適用して算定し、同

    日現在の貸借対照表(以下「開始貸借対

    照表」と言う)を作成しなければならな

    い。開始貸借対照表の作成ステップは以

    下の通り。

    ・ステップ ❶

     開始貸借対照表の作成ルールを定め、

    2013年4月1日以前の日本基準の財務

    諸表のデータを基に、必要な修正を加え

    て、IFRSに基づく開始貸借対照表を仮

    作成する。また、開始貸借対照表の作

    成に伴う修正項目について証憑を整理し、

    監査が実施可能な状態にする。

    ・ステップ ❷

     IFRS移行日からシステムを並行稼動

    させ、最初のIFRS開示対象期間(2014

    年度と2015年度)に業務およびシステ

    ム上の課題を解決する。システムの並行

    稼動によって把握した追加的な課題を検

    討し、監査人とのコミュニケーションを

    図る。

    ・ステップ ❸

     2015年3月31日現在で有効なIFRSに

    基づいて、必要があれば遡及適用を行い、

    開始貸借対照表を作成する。

    アドプション対応の前に、コンバージェンス対応

     日本基準を国際的な会計基準に近づけ

    るため、現在、急ピッチでコンバージェ

    ンスが進められている。7月には、企業

    結合の見直しと財務諸表の表示に関する

    論点整理が公表された。今後、収益認識、

    引当金、非継続事業等の会計基準も検討

    されており、日本基準は大きく変わるだ

    ろう。日本がIFRSを強制適用するか否

    かを判断する2012年頃までに、重要な

    コンバージェンスはほぼ完了する。

     コンバージェンス対応は企業にとって

    大きな負担となるが、これらの対応を通

    じて日本基準を国際的な会計基準に変え

    ていけば、将来のアドプションにかか

    る負担はかなり軽減されるはずである。

    IFRSが強制適用となった際に、アドプ

    ション対応として企業に追加的に求めら

    れることは、IFRSベースのグループ統

    一会計基準に基づく企業の会計基準やガ

    イドラインの文書化、コンバージェンス

    後もなお残る会計基準の違いについての

    業務・システム対応である。

     なお、IFRSが強制適用されても、単

    体財務諸表は日本基準を使用して作成す

    るため、日本基準がなくなることはない。

    アドプション後も、日本基準は国際的な

    会計基準と整合するように改正されるこ

    とから企業のコンバージェンス対応は、

    IFRS導入後も続くことになる。

    IFRSの強制適用に向けた企業の対応スケジュール

     日本におけるIFRSの強制適用の判断

    は、2012年前後に行われる。もし強制

    適用すると判断された場合、問題となる

    のは強制適用の時期である。日本版ロー

    ドマップには「2012年に強制適用を判

    断する場合には、2015年または2016年

    に適用開始」とあり、IFRSの適用が

    2014年度(2015年3月期)と2015年度

    (2016年3月期)のいずれの時期から開

    始されるのかは明示されていない。

     IFRS財務諸表の開示は、比較年度

    (2014年3月期)の財務諸表とその開始

    貸借対照表(2013年4月1日)を合わ

    せて行われる。IFRSの強制適用の開始

    時期を2015年3月期と仮定すれば、

    IFRSの強制適用に向けた対応スケジュ

    ールは、図表3のようになる。

     IFRSの対応スケジュールは、①会計

    基準関係の検討チーム、②運用上の課題

    の検討チーム、③初度適用の課題の検討

    チーム、④これらのチームを統括する

    PMO(プロジェクト・マネジメント・

    オフィス)に分けて策定する。

     会計基準関係の検討チーム(①)は、

    2012年頃までのコンバージェンス対応

    を通じてIFRSとの違いをできる限り縮

    小する。また、IFRSベースのグループ

    統一会計基準を設定し、日本基準との

    ギャップを把握する。

     運用上の課題の検討チーム(②)は、

    IFRSと日本基準との違いに対応するた

    めの業務プロセスとシステム上の課題を

    整理する。

     初度適用の課題の検討チーム(③)は、

    IFRS移行日までにIFRSの遡及適用を含

    む基本的な準備を終え、開始貸借対照表

    を仮作成する。

     PMO(④)は、①から③のチームが

    連携をとり、監査人と適切なコミュニ

    ケーションを行えるようにプロジェクト

    を運営する。

     IFRSの対応スケジュールは、対象と

    なるシステムの範囲やグループの状況に

    よって変わる。しかし、IFRSへの対応

    準備は、2012年の強制適用の判断を待っ

    ていては間に合わない可能性がある。早

    い段階で、IFRSが強制適用された場合

    のグループ全体のインパクトを把握し、

    IFRSの対応スケジュールを策定してお

    くことが求められる。       I

    図表2◉会計基準の違いによるインパクト

    ●のれん●退職給付会計●投資不動産●法人所得税●オフバランス●製品保証引当金

    ●負債●貸倒引当金●金融商品(デリバティブ・ヘッジ会計を除く)●包括利益計算書

    ●初度適用●遡及適用●無形資産、研究開発費●減損処理(戻し含む)

    ●収益認識●有形固定資産、減価償却費、リース●原価計算、棚卸資産●連結範囲、会計基準の統一●セグメント会計、廃止事業

    ●有給休暇引当金●非上場有価証券●デリバティブ・ヘッジ会計●リース会計●キャッシュ・フロー●企業結合

    財務数値に与えるインパクト

    業務とシステムに与えるインパクト

    IFRSへの移行日(2013年4月1日)

    最初のIFRS財務諸表の報告日(2015年3月31日)

    調査フェーズ 実行フェーズ準備フェーズ

    2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 2014年度

    PMO

    会計基準

    関係

    運用上の課題

    プロジェクト管理 日本基準対応とIFRS対応との整合性確保

    構想確認 基準の確認 システム概要 比較年度監査 本番年度監査

    IFRSベースの会計基準の整備

    予備調査基本構想

    移行日の整備方針と予備調査

    移行日データと証跡整備(開始BS、差異調整)

    移行日データの遡及修正(報告日現在で有効な会計基準が適用される)

    IFRS統一会計基準策定とギャップ分析

    ローカルギャップとの整理、改訂 IFRS統一会計基準の改訂

    業務プロセス関係

    システム関係

    業務関連課題対応計画

    教育体制・マテリアルの整備解釈指針、ガイドラインの作成

    JSOX文書作成・改訂 本番評価

    システム課題対応計画

    システム要件定義・設計・開発 ロールアウト

    並行稼動(2013年度四半期数値作成)

    本番稼動(2014年度四半期数値作成)

    初度適用

    の課題 初度適用対応

    移行日データの作成手続の策定とシステムの開発

    強制適用の判断 最初のIFRSの開示

    監査対応

    IFRS開始貸借対照表を算定するため、IFRSを遡及適用する(仮作成)ステップ❶

    最初のIFRS報告期間の期末日現在において有効なIFRSに準拠して作成するステップ❸

    並行稼動により課題を発見ステップ❷

    報告年度

    比較年度開始B/S

    開始B/S

    図表3◉IFRSの初度適用と強制適用に向けた対応スケジュール

    F e a t u r e

  • 気候変動におけるCEOの役割:自らが先頭に立つ

     プライスウォーターハウスクーパース

    (以下PwC)の第12回経営者意識調査*1

    の結果を見ると、回答を寄せたおよそ半

    分の経営者が、業種を問わず、気候変動

    の結果として、すでに何らかのビジネス

    上の変更を施している。

     それでは、炭素を抑制した未来へ向か

    う道程の中で、リスクを管理し、新た

    なチャンスを利用する適切な方策を、経

    営者は一体どのように決定していけばよ

    いのだろうか? 経営者の意思決定に当

    たって温室効果ガスの排出量データは不

    可欠であるが、大半の企業は、温室効果

    ガスの排出量算出には慣れていない。

     PwCは、世界各地のさまざまなセク

    ターで企業を率いているコペンハーゲ

    ン気候評議会(Copenhagen Climate

    Council)に参加した評議員から意見を

    収集した。本稿では、調査結果にPwCの

    見解を交えながら、企業リーダーが自社

    ビジネスに変革をもたらし各業界が気候

    変動に対応するための5つの方法を示す。

    経営者の役割1:成長のチャンスを逃さない

     気候変動への対処は、すでに多くの企

    業に利益を生み出し、成長をもたらして

    いる。最新のPwCの経営者意識調査では、

    気候変動対策の投資を開始した経営者の

    3分の1近くが、すでに投資のリターン

    を得ている。さらに、全回答者の半分が、

    それほど遠くない時期に利益が得られそ

    うだと予想している。

     多くの場合、温室効果ガスの排出削減

    はコスト削減と両立するため、気候変動

    に対処しながらの成長機会は、新規市場

    の創出あるいは発電等の既存市場の改善

    まで多岐にわたり、しかも劇的に変貌し

    ている。

     デンマークの風力タービンメーカーで

    あるダンフォス(Danfoss)社のCEO

    兼デンマーク・エネルギー協会議長、ヨ

    ルゲン・マス・クラウゼン(Jorgen M.

    Clausen)は、気候変動に示される成長

    機会に疑いを抱いていない。ダンフォ

    ス社の専門技術が世界的成長の潜在力を

    持っていることは、同社が中国天津の

    「エコ・シティ」開発に携わっているこ

    とが示しており、クラウゼンは以下のよ

    うに語っている。「当社は町全体をデン

    マークの技術を使って構築し、システム

    を異なる方法で設計すればどれほどの利

    益が得られるかを示そうと努力していま

    す。これは単なる技術移転にとどまるも

    のではなく、関係者全員の成長に向けた

    取り組みでもあるのです」。

     成長機会は、新興企業、成熟企業を問

    わず、革新し、改善する能力のある者に

    平等に訪れる。ベタープレイス(Better

    Place)社は、携帯電話市場の特徴の多

    h i t e P a p e r

    くを個人の自家用車に応用している。同

    社は、充電スポットやバッテリー交換ス

    テーション等、電気自動車に必要なイン

    フラを提供することで、電気自動車のマ

    ス市場分野をリードしたいと考えている。

    ベタープレイス社のCEOシャイ・アガ

    シ(Shai Agassi)は、このビジネスが

    とてつもない成長の可能性を秘めている

    ばかりでなく、二酸化炭素削減コストも

    劇的に削減できるだろうと主張する。

     また一方で、チャンスを捉え、タイム

    リーな意思決定を行う能力も重要だ。主

    導権を握ることはもちろんのこと、時に

    はいったん身を引いて時機を待つことも

    大切である。ドン・エナジー(DONG

    Energy)社は、2009年12月に開催さ

    れる国連気候変動枠組条約締約国会議

    (UN Climate Change Conference)に

    向けて、第2世代バイオエタノール生産

    用のデモンストレーション・プラントを

    運営したいと考えている。このプラント

    では、バイオエタノール、食品、そして

    固形バイオ燃料を生産するための、農業

    に由来する不要排出物の持続的活用を実

    演する予定である。

     ドン・エナジー社のCEOであるアン

    ダース・エルドラップ(Anders Eldrup)

    は、これを慎重な「第2世代(バイオエ

    タノール)」への動きであると強調する。

    「当社はあえて第1世代には参加しませ

    んでした。無論、やろうと思えばできた

    はずですが、食品を燃料として使うこと

    に関する倫理上の問題が深刻な課題にな

    るだろうと判断したためです」。

    経営者の役割2:準備を整えてビジネスを死守する

     責任感の強い企業リーダーであれば、

    気候変動の物的リスクと規制上のリスク

    を把握しておく必要がある。最悪のシナ

    リオを想定して会社の事業や資産に降り

    かかる物的リスクに対処できるばかりで

    なく、急激な規制の変更への備えにもな

    るからだ。気候変動への対処に関する規

    制は国や地域によって大きく異なる。し

    かし、IPCCの第4次評価報告書に記載

    されたような科学的シナリオの確実性が

    高まると、悪化する気候への影響もあい

    まって、各国政府に対する削減義務強化

    の圧力は強まるだろう。

    The changing climate:success or survival?

    気候変動への対応――成功へのチャンスと見るか、単に生き残るか?

    サミュエル・A・ディピアザSamuel A. DiPiazza, Jr.

    WBCSD(The World Business Council for Sustainable Development/持続可能な開発のための世界経済人会議)会長

    PROFILEPricewaterhouseCoopers International LimitedのCEOを2002年~2009年7月まで務める。WBCSDではチェアマンとして、「エネルギーと気候」「途上国の経済発展」「ビジネスの役割」および「生態系」の観点から国際的な政策提言活動を行っている。

    新しい規制、物理的な風景の変化、そして新しいマーケットの創出等、どこを見渡しても、われわれのビジネスは気候変動の影響を受けている。北米および欧州における代替エネルギーへの総投資額は、2007年に50億ドルを超えた。ビジネス環境は、今や完全に変革期を迎えている。経営者は、ビジネスリーダーとしてこの変革期に自信を持って自社を導いていく必要がある。気候変動がもたらす影響に備え、対応する能力が今こそ求められているのだ。

    気候変動について知っておくべき10の重要項目

    気候システムが温暖化していることは疑いがない。これは大気中の温室効果ガス濃度と地球の平均気温の上昇、高度および高緯度の雪や氷の減少、そして海面の上昇等によって示されている。

    20世紀半ば以来観測されている地球の平均気温の上昇は、その大半が同時期に観測された大気中の(人類がつくり出した)温室効果ガス排出の増加によるものである可能性が非常に高い。

    科学的な証拠は、温暖化排出に関して「取り立てて対策を取らない」(ビジネス・アズ・ユージュアル:BAU)場合、気候変動による突然の、かつ取り返しのつかない衝撃が発生するリスクが高まっていることを示している。

    BAUシナリオによると、温室効果ガスの排出量は、今世紀末までに産業革命前からの比較では3倍以上に達し、地球の平均気温の上昇が5° Cを超える確率が50%に達する可能性がある。

    気候変動は洪水、干ばつ、ハリケーンといった多くの異常気象の頻度と深刻度を変化させる可能性がある。

    これらは社会経済上大きな混乱を巻き起こす。たとえば、およそ4000万人の人々が海岸地域の水没にさらされかねない事態となっているが、その半数はニューヨーク、ムンバイ、上海、大阪/神戸等、世界の10大都市の住民なのだ。農業システムも深刻な打撃を受け、それが食料供給や経済生活に影響を与えかねない。また異常気象が続くと、子どもや高齢者を中心に健康上の諸問題を引き起こす可能性が高い。

    気候変動の経済的側面に関する報告書の中で、気温が2~ 3度上昇すると世界経済の産出量を年間3%減速させ、またその打撃を最も受けるのは貧困国であろうと予想している。

    気象学者たちは、地球温室効果ガス排出量について、今後15年以内にピークを迎え、2050年までに現在の半分、すなわち1990年の水準まで削減しないと、危険な気候変動のリスクを回避できないだろうと予想している。

    これほど大掛かりな排出量削減を達成するには、2050年まで国内総生産(GDP)の1%近くの費用がかかると試算されている。これは確かに莫大な数字だが、何もしなかった場合に比べれば対処できないコストではない。

    長期的な拘束力を持つ世界の気候変動体制が2009年 12月にコペンハーゲンで合意され、地球温暖化防止活動の国際的枠組みが提供されることが予想されている。

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    3

    C h e c k L i s t 1

    成長のチャンスを逃さない気候変動が貴社の事業にどのような影響を及ぼすかを理解していますか?

    気候変動が新市場への参入をどう後押ししてくれるのか、あるいは既存の市場をどれほど変革するのか、という点について考慮していますか?

    省エネルギーやエネルギー効率をビジネス上の優位性に転換させるために惜しみない努力を行っていますか?

    消費者の視点に立って気候変動を眺め、成長機会を考慮していますか?

    16 Insight Insight 17

    W 気候変動からの生き残りと成功̶̶CEOが果たすべき5つの主要な役割

    1 成長のチャンスを逃さない

    2 準備を整えてビジネスを死守する

    3 具体策を打ち出す

    4 他の人々に力を与える

    5 気候変動政策の立案に協力する

    ◉監修寺田良二Ryoji Terada

    あらた監査法人 サステナビリティサービス ディレクター株式会社あらたサステナビリティ認証機構取締役

    PROFILE温室効果ガス審査協会理事、公認会計士。大手企業の環境/CSR報告書の保証業務のほか、環境/CSRに関するコンサルティング業務を統括。

    出所:Risk, Responsibility & Opportunity:The CEO’s guide to climate actionより抜粋

  • 18 Insight Insight 19

     ヘルスケア会社のノボノルディスク

    (Novo Nordisk)社は、規制圧力のか

    かるはるか以前から気候変動に対応した

    イノベーションに取り組んでいる。化石

    燃料による発電からの脱却を進める努力

    の中で、同社は安定的に電力を確保でき

    る長期的なカーボンニュートラル戦略へ

    の投資を進めている。これが実現すると、

    化石燃料の価格変動リスクから開放され

    ると同時に、同社が自らの社会的、倫理

    的責任を真剣に捉えていることを利害関

    係者に明確に示せるという二重の利益を

    もたらす。

     2008年カーボン・ディスクロージャー・

    プロジェクト(CDP)レポート*2では、

    386の機関投資家の協力を得て、世界中

    の1500社以上の主要企業から主要な気

    候変動に関するデータを収集したところ、

    数多くのセクターでは、物的リスクが各

    社のビジネスにとって極めて重要である

    ことが判明した。製造業セクターは、気

    温の変化、洪水、台風の勢いの拡大、水

    不足、疾病の広がりと各地の気象パター

    ンの変化を重大なリスクと捉えている。

    原材料、鉱業、紙、包装、および公益セ

    クターは重要リスクとして水供給を挙げ

    ている。

     ビジネス活動と投資が気候変動によっ

    てどのような影響を受けるのかを理解す

    ることが、こうした影響に備えていくう

    えでの最初のステップであり、これは各

    社のリスク管理体制の一部に組み込まれ

    なければならない。企業の経営陣は、た

    とえば、二酸化炭素の及ぼす影響を自社

    のバリューチェーンに沿って把握し、そ

    れを定量化するなど、最も重大な気候変

    動のトレンドが自社に与える影響を確認

    し、理解する必要がある。気候変動リス

    クと自社に関連するその他リスクとの相

    互依存性を見極めることも重要だ。

     長期的なビジネスプランニングの戦略

    においては、地球規模および地域単位で

    の気候シナリオが現実化していく様子を

    示す指標に留意し、発生する課題に対処

    するために経営資源を状況に応じて配置

    しなければならない。

    経営者の役割3:具体策を打ち出す

     2007年に各国政府によって採択され

    たバリ行動計画(Bali Action Plan)は、

    今年12月のコペンハーゲンでの合意に

    向けた工程表として、二酸化炭素排出を

    削減するために「計測可能、報告可能か

    つ検証可能」な行動を求めている。規

    制が厳格さを増し、これほど詳細な内容

    が標準的なビジネス慣行になってくると、

    企業の財務報告書には排出量の算定基準

    とパフォーマンスが欠かせない要素とな

    るだろう。

     経営者の基本的な役割は、社内に確固

    とした報告体制と排出削減戦略を確実に

    整えることである。取締役会では、気候

    変動対応目標の進捗状況を十分に議論・

    検討しなければならない。

     インテルの社長兼CEOであるポール・

    S・オッテリーニ(Paul S. Otellini)は、

    次のように語る。「特に、一部企業で行

    動よりもメッセージが先走りすることを

    防ぐためには、明確で、一貫した比較可

    能な報告が重要です。『グリーンウォッ

    シュ(世間を取り繕うために環境問題

    に配慮した経営をしていると偽の発表を

    すること)』を行う企業が一部あります。

    これは許しがたい行為です」。

     2008年には、CDPに回答した「グ

    ローバル500企業」の74%が温室効果ガ

    ス排出量の削減目標を報告した。同様

    に、小売りセクターでは90%以上の企

    業が、また化学および医薬品セクターで

    は76%が、そして石油および天然ガス

    セクターでは70%が排出量削減目標を

    設定していると報告、技術、メディア、

    通信業界では、68%が排出量削減目標

    を報告した。

     上記に紹介した一連の二酸化炭素削減

    活動からは、どの企業にも当てはまる

    テーマを見出すことができる。第1に、

    ビジネスリーダーは定量的な目標を設定

    し、自社の活動の達成状況を測る基準と

    してそれを使うべきである。第2に、二

    酸化炭素削減戦略は、将来のエネルギー

    支出の削減を目指し、ステークホルダー

    に対して自社の責任ある活動を示すもの

    であり、十分な思慮と戦略に基づき設計

    され、しかも個別のビジネス活動に合わ

    せた内容のものでなければならない。

    経営者の役割4:他の人々に力を与える

     経営者は、自社の社員やサプライヤー、

    ステークホルダー、そして同業他社およ

    び関連する業界を刺激し、力を与えると

    いう重要な役割を担っている。内外に向

    けて発せられる経営者の声や権限の重要

    性は、過小評価されるべきではない。

     ベタープレイス社のCEOシャイ・ア

    ガシは「自社の影響力などたいしたこと

    ないと考えている経営者は少なくありま

    せんが、そうした経営者の思い込みと実

    態とは得てして異なるものです。自分

    はサプライチェーン全体に影響を及ぼし

    得るのか? 市場内での自分のポジショ

    ンをうまく利用すれば、本当に大きな

    変化を起こせるのか? どうすればうま

    くパートナーシップが組めるのか? 経

    営者は、このようにして自分のレバレッ

    ジ・ポイントがどこにあるのかを評価す

    る必要があると思います」と指摘する。

     企業のリーダーは、気候変動に関する

    厳然とした事実に自社の注意を向けさせ、

    社員がこの問題に積極的に取り組める枠

    組みをつくるという大きな役割を担って

    いる。環境ビジネス・オーストラリア

    (Environment Business Australia)の

    議長であるロバート・パーブズ(Robert

    Purves:オーストラリア名誉勲章受賞

    者)は次のように指摘する。「多くの企

    業の取締役会で、気候変動が深刻な問題

    であることを認めない取締役が1人ぐら

    いはいるでしょう。その一方で、この問

    題に対する経営陣の反応があまりに遅く、

    ビジネスチャンスを逃している事実に部

    長グループが業を煮やしているという局

    面も大いにあるはずです」。

     社員に力を与え、正しい企業文化を設

    定することはまた、社員を採用し、引

    き止めるうえでも重要である。インテル

    社のポール・S・オッテリーニは、次の

    ように指摘する。「毎年、当社は数千人

    の学生の中から新たな従業員を採用して

    いますが、学生たちが会社を見るときに

    『貴社の環境対策はどの程度進んでいま

    すか?』という点がしだいに重要な評価

    ポイントになりつつあります」。

    経営者の役割5:気候変動政策の立案に協力する

     政府が行動を起こすべきだとのプレッ

    シャーが高まる中で、ビジネスリーダー

    は責任ある態度を貫くことが重要である。

    民間セクターの幹部経営者たちが早い段

    階から日常的に関与すれば、規制当局者

    たちは価値ある洞察を得ることができ、

    特定業界にとって不当に過酷とはならな

    い形で、二酸化炭素排出量を公平かつ予

    想通りに抑制する効果的な仕組みが設計

    できるはずだ。積極的で進歩的な規制を

    声高に支持すれば、産業界は企業の持続

    可能な理念を外に向かって明確にできる

    ばかりでなく、あらゆる当事者の利益を

    満足させられる効果的な手段を構築でき

    るだろう。

     ユーモエ社のCEOジェンス・ウルト

    バイ-モエ(Jens Ultveit Moe)は、ビ

    ジネスリーダーたちに、現実を踏まえよ、

    そして合理的であるべしと説く。「企業

    が政府に対し、『気候変動対策の企業努

    力に対して』その初日から何か補助金を

    出してくれと要請するのは、合理的では

    ないと思います。そうではなくて、成功

    すれば利益を得られるような投資案件に

    対し、長期的な枠組みを示してほしいと

    要請したほうが、政府には受け入れやす

    いでしょう」。

     気候政策と規制環境の整備には、た

    とえば非政府組織(NGO)との連携等、

    適切な連携体制を求めることも必要だ

    ろう。気候変動に関するNGOの動向も、

    科学的根拠に立脚した行動の重視や、各

    企業との協力体制の重視へと徐々に変化

    している。            I

    W h i t e P a p e r

    C h e c k L i s t 2

    準備を整えてビジネスを死守する気候変動に対する自社の脆弱性を評価したことがありますか?

    貴社の市場、サプライチェーン、そして人事体制が崩壊した場合の事業の脆弱性についても十分検討を加えましたか?

    気候変動が貴社の投資計画および意思決定にどのような影響を与え得るかについて認識していますか?

    貴社および貴社の市場は、気候変動に対する規制強化にどの程度さらされているでしょうか?

    気候変動シナリオを、戦略立案および資本配分の決定のための重要な判断材料として位置づけていますか?

    C h e c k L i s t 4

    他の人 に々力を与えるあなたは自社の社員が会社や自宅で気候変動問題に取り組めるよう積極的に奨励していますか?

    社員が気候変動対策として自らのアイデアを推進、あるいは導入できる仕組みが社内に備わっていますか? その影響をどのように測定していますか?

    気候変動についての行動を、優秀な人材の採用や引き止めに生かしていますか?

    自分の会社のお客さまが二酸化炭素排出量を減らしたり、気候変動ソリューションに貢献できるよう何らかの支援方法を模索していますか?

    C h e c k L i s t 5

    気候変動政策の�