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界初の医薬品をつくり出したのです。 私が入社直後に取り組んだのも、医療への応用展開が広く期待されていた「プロスタグランジン」の全合成研究です。このとき開発した合成方法は、嬉しいことに現在も広く使用されています。次第に薬そのものをつくってみたくなり、希望を出して医薬品探索研究部門に異動しました。――そこでは具体的にどのような研究を?

 ここでも10年ほど在籍し、血液疾患関係の治療薬探索に取り組みました。「血小板減少症」の治療薬開発では、化合物の探索から開発品創出までを手掛け、後を託して部門を離れました。2007年に、本開発品が製薬企業にライセンスアウトされたときは、苦労をともにした仲間と喜びを分かち合いました。研究職として最後の10年は、それまで未経験だった新規材料や電子材料の開発に取り組みました。――今は経営の舵取りを担うお立場ですね。 2016年、当社は2030年に向けた長期経営計画を始動させました。同時に研究職出身として当社初の経営企画部長に就任し、

――化学専攻を卒業されて化学メーカーへ。やはり化学がお好きだったからでしょうか。 高校生のころから化学が好きで、将来は化学を社会に役立てる仕事をしたいと、化学科・化学専攻に進学しました。学生時代に取り組んだのは、自然界に存在する複雑な化合物をつくる「天然物全合成」の研究です。それを活かせる会社を探して日産化学工業に入社し、希望どおり「全合成」の研究に10年ほど携わりました。――自然界にある物質を人工的につくるのはなぜでしょうか。 一番の目的は、対象の天然化合物を安定的に入手できるようにするためです。医療や産業への応用が期待される天然化合物が見つかっても、入手が難しければ応用研究は前に進みません。全合成は、そうした壁を乗り越えるための重要なアプローチです。 実際、私が大学に入る少し前の1970年代半ば、天然物全合成による創薬が大きな注目を集めました。日本の製薬会社が、「プロスタグランジン」という人体から発見された生理活性の高い化合物を全合成し、世

策定に深く関わった計画の実行責任を負うことになりました。 経営に携わるのは初めてですが、研究との共通点を感じています。研究開発が「ものづくり」なら、経営は「ことづくり」です。仕掛けをつくり、「こと」を起こす。会社をよくする施策を打ち出し、社会に向けてメッセージを発信する。研究開発に力を入れる当社が、社会に価値を提供し未来を創造できるよう、研究職の経験を活かして新たな業務に日々挑戦しています。――理学の魅力とは何でしょうか。 本質を探求する理学のアプローチは、企業でも強く求められています。スピードや効率を重視する企業活動の現場では、「いい結果が出ればそれでよし」となりがちですが、それだけだと壁にぶつかったときに行き詰まってしまいます。起きている現象の原因を一段掘り下げて考える、物事の本質に迫る理学の姿勢は、研究の世界ではもちろん、企業活動においても不可欠です。思う存分、研究や学問に打ち込み、自分の頭で考える力と習慣を養ってください。

1983年東京大学理学部化学科卒業、85年同大学院理学系研究科化学専攻修士課程を修了し、日産化学工業株式会社に入社。社内の複数の研究所所長や新事業企画部長を経て、2016年4月に常務執行役員 経営企画部長に。6月より現職。

Katsuaki Miyaji

化学専攻修了日産化学工業 取締役常務執行役員/経営企画部長

“Voices” from Alumni

※所属・肩書きは取材当時(2016年11月)のものです。

好きな化学で社会の役に立ちたいと、化学メーカーに就職する道を選んだ宮地氏。30年の研究開発の後に待っていたのは、会社の舵取りを担う経営陣としての職務だった。

理学を学んだ先にはさまざまな道がある。企業に活躍の場を見出し、研究の世界に身を投じる。3人の卒業生が、歩んできた道を語ってくれた。

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 実は、もともとは観測をしたかったのですが、銀河や星団の進化を詳しく調べるには理論のアプローチが向いているようだと、思い切って理論の研究室を選びました。プログラミング初心者で不安もありましたが、頑張って勉強しました。――東大で学位取得後は、オランダのライデン大学に赴任されたと伺っています。 指導教官だった先生のご友人が教授をされていたのがきっかけで、ポスドクとして採用していただきました。実は博士3年の

――どんな研究をされているのですか。 理論天文学の分野で、銀河や星団の形成・進化について研究しています。スーパーコンピュータでシミュレーションを行い、銀河や星団が、宇宙の歴史のなかでどのように形づくられ成長してきたかを探っています。重力波の検出は、近年の科学のビッグニュースの一つです。星団の中でブラックホールがどれぐらいつくられ、そこからいつ、どのように重力波が放出されるかの理論予測も研究テーマの一つです。

ときに結婚していて、夫を日本に置いての単身赴任です。海外で研究職を経験する最後のチャンスだと覚悟を持って臨みました。 オランダでの経験は今も大きな財産です。天文学専攻の博士課程の学生の約半分と、ポスドクのほとんどが外国人で、多様なバックグラウンドを持った人たちと触れ合うことができました。それも、オランダの天文学分野のユニークな育成方針のおかげです。自国の学生はポスドクで極力採用しない方針をとっていて、学生を国外に出して武者修行で育てているわけです。 多様なのは国籍だけではありません。日本の天文分野では、ポスドクの女性比率が1割を切りますが、オランダでは3割ぐらいが女性でした。大学院生やポスドクのなかには、結婚して出産もして、子どもを連れてオランダに来ている人もいました。旦那さんを母国に置いての母子国外赴任です。――帰国後にお子さんを出産されてからは研究と育児の両立を続け、第二子の出産も間近と伺っています。 来週が予定日です。オランダで出会ったたくましい同年代の女性研究者たちの姿に勇気づけられて、任期付きの前職中に第一子を出産しました。日本の天文学分野でも、産休や育休の制度はもちろん整備されていますが、女性研究者の絶対数そのものが少なく、制度にはさらなる改善の余地もあるのではと感じています。たとえばオランダでは、産前産後の休みは半年程度と短い代わりに、子どもが大きくなるまで男性も女性も週4日勤務、朝8時に来て5時に帰る人が多くいました。研究者も、自分の生活に合う働き方を選べるのが理想的です。いずれは、そうした制度づくりにも関わっていけるようになりたいと思っています。――学生のみなさんにメッセージを。 特に女子学生は、いずれは仕事か家庭かで悩む日が来るかもしれません。そんなときは、欲張ってどっちもやってみるようにしてください。ただし、すべてで完璧を目指すのは諦めましょう(笑)。完璧でなくとも、やるべきことをやっていればチャンスは来ます。東大女子には完璧主義が多いのも知っていますが、チャンスを気楽に待つのも生き抜くうえでは大事なことです。

2005年東京大学理学部天文学科卒業、07年同大学院理学系研究科天文学専攻修士課程修了、10年同博士課程修了。オランダ・ライデン大学での博士研究員、国立天文台での特任助教を経て2016年より現職。

Michiko Fujii

天文学専攻修了理学系研究科天文学専攻 准教授

ずっと目指していた研究者の道を歩む天文学科の藤井准教授。母として研究者として、充実した日々を送る。それには、オランダで過ごしたポスドク時代の経験が活きている。

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まして、「自分が貢献した装置が重力波を捉えた」ことを思うと無上の喜びです。――具体的にはどのような技術でしょうか。 重力波は、レーザーと鏡を使って検出します。レーザー光を直交する二方向に分け、その先の数km離れた場所に鏡を置く。鏡に反射されて戻ってきた光の波が直交点でぴったり重なるよう調整します。ところが、重力波によって空間に歪みが発生すると、左右の鏡と直交点との距離がほんのわずかながら変わり、波にズレが発生します。それを検出するのが現代主流のレーザー干渉計型重力波観測装置の基本原理です。 干渉計の鏡は振り子に吊られていて常にμm程度揺れています。装置が重力波を観測できる状態を保つには、この揺れを制御する必要があります。理学部ではその手法の研究に取り組み、博士論文としてまとめました。この手法の価値を認めていただき、LIGOにも採用されました。――海外に挑戦されたきっかけはなんでしょうか。 私は2009年からカリフォルニア工科大学(Caltech)のLIGO研究所に所属しています。LIGOは、Caltechとマサチューセッツ工科大学(MIT)が中心となって進める国際共同実験で、共著者に1,000人もの研究者が名を連ねる大きなプロジェクトです。 それ以前は、大学院に進学した1995年

――2016年2月、重力波検出の一報に世界が沸きました。 重力波は、アインシュタインの一般相対性理論の帰結として、1916年に予言されていた現象です。質量があるところは時空が歪み、質量が動けばその歪みが波として伝播する。それが重力波です。ただ、歪みはきわめて微小で観測は困難と考えられていました。1960年代後半に観測実験が始まったものの、半世紀ものあいだ検出されることはありませんでした。 私自身も学生のころから20年以上、重力波観測を目指してきただけに感慨深いものがあります。実は、観測装置には私が学生時代に研究していた技術も導入されてい

から、国立天文台の観測実験「TAMA300」に携わっていました。1999年に装置が稼働し、世界最高感度の性能を誇った時期もあります。国立天文台に10年在籍した区切りに、新たな挑戦としてLIGOの最新鋭の装置で研究したいと思い渡米しました。このときにLIGOや他のプロジェクトが、理学部での研究やTAMA300の開発で培ったこと全般を高く評価してくれていることがよくわかりました。そういった技術の蓄積は、現在日本で進んでいるKAGRA干渉計の計画にも引き継がれていると思います。――学生さんへのメッセージを。大勢の人が力を合わせ、ひとりでは到底及びもつかない大きな目標を達成する。それがビッグサイエンスの醍醐味です。また、多くの人との共同作業を通じ、社会で広く求められる能力を養うこともできます。論理的に実験計画を組み立て、人との対話・協力を通じて実行に移し、結果を検証して次に活かす。こうした力は研究以外の世界でも活かせるはずです。物理学に限らず、理学にはチームで推進するさまざまな研究があります。ぜひ理学部で、チームで成し遂げる喜びを味わってみてください。

自身が製作した装置を点検する新井上席研究員(左)と同僚のエンジニア(右)。©LIGO Lab / Corey Gray

LIGOのハンフォード観測所(上)とリビングストン観測所(下)。ノイズによる誤観測を防ぐため、両者は3,002km離れている。©LIGO Lab

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“Voices” from Alumni

※所属・肩書きは取材当時(2016年11月)のものです。

Caltechの新井上席研究員は、その“歴史的瞬間”の立役者の一人だ。理学系研究科在籍中に研究していた技術が、アインシュタインの予言の証明に、たしかに寄与したのだ。

1995年東京大学理学部物理学科卒業、97年同大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了、2002年同博士号取得(論文博士)、国立天文台で助手・研究員・助教などを務めた後、2009年よりCaltechのLIGO研究所に所属。2016年より現職。

Koji Arai

物理学専攻修了カリフォルニア工科大学(Caltech)LIGO研究所 上席研究員

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